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05.横断歩道の手前で
「違う。ダイエット」
すかさず私はこたえる。
「体に悪いよ」
彼の言葉になにも言えない。彼は公園の先に見えているコンビニの看板を指差した。
「ねえ、なにか食べに行こうよ。俺も、おなかが空っぽだから」
私は苦笑するしかなかった。そして私は彼と一緒にコンビニに向かって歩きはじめる。
「ねえ、思ったんだけどさ」
隣で歩く彼が切り出した。真剣で真面目な顔で。夕方の光がまた一段と濃くなっていた。
「俺だって空っぽの人間なんだよ。それだから、大学に行っていろいろ学ぶんじゃないかな。勉強だけじゃなくて、それこそサークルだとかバイトだとかで。友達とか先輩とか後輩とか、そういういろんな人たちの中で。
そういう意味では、俺と君は同じなんだと思う。高校を卒業したばかりなんだもの。空っぽの人間で当たり前だと思うんだ。だから、その空っぽの中身に、今からいろんなものを詰め込んでいけばいいと思う。上手く言えないけど、俺の言ってることわかるかな?」
私はすかさずうなずいた。ちょうど赤信号に引っかかって、私たちは横断歩道の手前で立ち止まる。
「うん」
そのとき、ふと彼が私の顔をじっと見つめた。
「どうしたの?」
私はドギマギしながら彼にたずねる。視線を合わせられないまま。
「いや、やっぱり君はダイヤモンドみたいだなって。でも、君の心に少しだけ近づけた気がする」
私は視線を彼に向ける。夕方の光の中で見つめ合う。そのとき、また私のおなかが鳴った。ものすごく、ものすごく大きな音で。彼は思わず吹き出す。
「よっぽどおなかが空いてるんだな」
信号が青に変わった。私たちはコンビニに向かって横断歩道を渡りはじめる。
「だって、しょうがないでしょ。おなかが空いたんだから」
「じゃあ、ドーナツでも食べようか?」
彼が意地悪そうに言った。
「だって、ダイエットしてるから」
私はそうこたえるけれど、彼は食べたいものを次々に挙げてゆく。
「からあげも美味しそうだ。メロンパンとかどう?」
「私はおなかを空かせた部活帰りの運動部員じゃないんだから」
そんなことを言っているあいだに、私たちはコンビニにたどり着いた。空腹を満たすために。空腹以外のなにかを満たすために。
(おわり)
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