01.こんな大事なときなのに

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01.こんな大事なときなのに

 おなかが空いた。お昼抜いてこなきゃよかった。新しく大学に入学するんだから、少しでもダイエットしなきゃと思って。でも、おなかが鳴ってしまう。ちょっと恥ずかしい。でも、周囲の歩く人々には聞こえていないみたいで大丈夫だと思う。  小さな公園で待ち合わせ。ちょっと早めに家を出て、学習塾の始まる前に英単語や歴史上の人物の記憶力チェックのために、互いに問題を出して答えた公園。  学習塾からの帰りに二人でときどき立ち寄って、勉強の悩みや互いの高校での出来事に、将来の夢を語り合った公園。  今は小さな子どもたちが砂場や滑り台で大きな声を上げて遊んでいる。母親らしい女の人たちが、ベンチに座ってなにか熱心に話し合っている。  ときどき、公園で遊んでいる小さな子どもが、ベンチに座る母親になにか大きな声を出す。そのたびに母親は子どもに手を振り、なにかを告げる。すると、子どもはまた安心したように遊びの続きを始める。  私の方がちょっと早く来すぎたみたいだった。風がまだ冷たい。三月と言ってもその風の中には冬の名残のような冷たさが残されている。私は薄手のコートの首元を両手でつかんで、ぎゅっと念入りに重ね合わせる。少しでも冷たさから身を守ろうとするみたいに。  そのとき、またおなかが鳴った。小さく。やっぱり軽くなにかを食べてくればよかったと私は後悔する。  こんな大事なときなのに。逆に彼となにか一緒に食べればいいのか。私はそう思いつく。そうしれば彼と一緒にいられる時間が少しでも長くなる。一分でも一秒でも……。  コンビニだって近くにあるし。私の視線は公園から少し先にあるコンビニの看板に引きつけられる。  けど、なにを食べたらいいんだろう。ハンバーガーはちょっと違う。ドーナツは甘すぎる。そもそもダイエットしてるのに。 「ごめん、待った?」  突然、背後から声が響いた。さっきからずっと聴きたいと望んでいた声。私は嬉しさを押し隠しながら、できるだけ落ち着いてゆっくりと振り返り、彼に向かう。 「ううん。私もいま来たばかり」 「そう」
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