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「もっとちゃんと謝ったらどうなんですか」
「そうですね。失礼いたしました」
男は結希に向かって軽く頭を下げると「いきましょう」と別の方向に声をかけた。
ここに至るまで気づかなかったが、男と望愛の間に小柄な老婆がおり、大きな荷物を抱えている。
頭に血がのぼって視界が狭くなっていたのかもしれない。気づくのが遅れた。
どうやら、望愛にぶつかったのは、老婆の荷物のようだ。
「あの……ごめんなさいね」
老婆は目に涙を浮かべ、うつむく。
まさか、こんなことで泣かれるとは思わず、望愛は慌てた。
「え、いえ。そんな……」
アイライナーの失敗はよくあることだ。
リカバリもできる。
ただ、すこし、男の態度が勘に触っただけで、老婆を泣かせるつもりはない。
気にしなくていい、というつもりで、望愛が口を開こうとすると「大丈夫ですよ」と男が老婆を慰めだす。
「気にしなくていいんです」
おまえが言うことじゃない、と喉まで出掛けた言葉を飲み込み、望愛は男を見る。
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