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時計の針は23時よりも少し右に寄っている。現在、23時2分。
早川進は、時折手に息を吹きかけ、擦りながら下りの終電を待っていた。
11月の空気は張り詰めている。厚手のコートを着ていても思わず身震いしてしまうような寒さであった。
彼が立っているこの小さな駅は、住宅街の中にある。新しい住宅街だからか、朝や夕方には学生を始めとした乗客が多くいるが、終電を待つような時間帯となると、乗客は少ない。
実際、早川も普段は8時の電車には乗って帰っている。しかし、今日は飲み会であった。飲み会は、早くも10時半頃に幕を閉じた。その後はニ次会があるようだが、早川は適当な理由をつけて帰ることにしたのであった。
早川の頬はほんのりと赤く、火照っていた。一方で、手袋をしていない両手は痺れる程痛い。
確か、終電は11時7分のはずである。ポケットにあるスマホを出して、彼は時間を確認した。11時4分。まだ3分は待たなければならないようだ。
スマホを弄ぼうにも、手は凍ったように動かしづらい。早川は諦めてスマホをポケットに戻した。
特にすることもなく、彼は瞳孔だけを動かして空を見上げた。寒空の中の月はいつもよりも綺麗に見えた。
早川は、冬には空が澄んで見えるということをふと思いだした。しかし、理由は思い出せなかった。
理由を思い出すことを諦め、彼は辺りを見渡す。自分の他にも何人か乗客がいる。彼らは、早川とは別の場所に並んでいる。
一人は眼鏡をかけた肉付きの良い男性で、息を一定のリズムで吐いている音が聞こえる。
もう一人は、その後ろにいる、コートを身にまとった女性である。彼女は、その音を気にも留めず、スマホをいじっていた。彼女が髪を耳にかけたときに、イヤフォンが見えた。どうやら音楽を聞いているようである。
下り電車が来ます、というアナウンスを聞いて、早川は線路側に目を向けた。段々と光が近づいてくる。その光を目で追っていると階段から駆ける足音が聞こえた。
階段に目をやると、髪の長い女性が駆け下りている。そして、ホームに着くと安心したように歩を緩めた。
これで乗客は最後だろうか。相変わらず終電の乗客は少ないなと早川は小さく苦笑した。
電車は減速し、ブレーキの音が聞こえたかと思うと ゆっくりと停車をした。早川は降りてくる人を待ったが、誰も降りる様子がない。他の車両も同様である。彼は、様子を伺ってからドアを開けるボタンを押した。早川の他にも、二人が電車に乗り込んだようだ。
電車に足を踏み入れてから、早川は、すぐにドアを閉めるボタンを押した。寒い空気が電車の中に入るのを少しでも防ぎたかったのだ。
電車内を見渡すと、席には数人しか人がいない。早川は、近くの席に迷わず足を運び、窓側の席に座った。窓の外に顔を向けると、窓が少し曇った。
電車がゆっくりと動き始める。
窓の外にある木の枝が風に吹かれて大きく揺れた。
誰もいなくなった駅は普段よりも寂しく見えた。
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