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「なんか俺、猪口さんのこと脅してるみたいだね」
名前も知らない彼は私のことを救うために、優しくて明るい笑顔を浮かべてくれた。
「よし、保健室に行こっか」
「え、待って……」
手を繋ぐ。
恋人同士でもない高校生が手を繋ぐなんて、彼にとっては恥ずかしい以外の何物でもないと思う。
それなのに、彼は羞恥って言葉を知らないんじゃないかってくらい鮮やかな流れで私の手を取る。
「無事に、保健室まで辿り着けるように」
「私、保健室には行かな……」
「保健室に行って少し休んで、そしたら教室に行けばいいよ」
こんなにも私に優しさをくれる彼に、抵抗を示そうとする自分が馬鹿みたいに思えた。
「だって、猪口さんは頑張りたい人、でしょ?」
私は彼のことを知らなくても、彼は私のことをよく知ってくれている人だと分かった。
「私は……そんな凄い人では……」
「俺は、かっこい人だと思ってたよ。猪口さんのこと」
風邪を引くことが多い私は、毎年のように友達作りに失敗している。
話しかけたら言葉を返してくれるけど、それはあくまでクラスメイトとしての当たり前をみんながこなしているだけのこと。
無視されることはないけど、体を休めるための時間は私に友達を作る機会を与えてくれない。
そんな誰にも話したことのない事情を知っている人がいるってことに驚きすぎて、私は彼に何も言葉を返すことができなくなってしまった。
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