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「ベッドで休んでいる猪口さんが、頑張りたいって呟いたの……ずっと心配してた」
中学時代の私は声を堪えてベッドの泣いていたはずなのに、その声は廊下ですれ違うだけの関係でしかない同級生に聞かれてしまっていた。
「盗み聞きして、ごめんね」
「そんな……そんな謝ることなんて何も……」
「謝らせて。猪口さんが堂々と宣言したわけでもないのに、聞き耳立てちゃったわけだから」
「独り言を声に出した方が悪いと思います」
私に至っては、保健室で誰が先生と話しているかなんて気にも留めていなかった。
でも、染井くんはずっと、保健室で休んでいる私を気にかけてくれていた。
「……許してくれる?」
「私こそ、独り言を声に出したこと……許してもらえますか」
赤の他人でしかなかった私のことを、染井くんは記憶に残しておいてくれた。
聞き逃すことだって、忘れることだってできたはずなのに、高校に進学したあとも染井くんは保健室で泣いている女の子を覚えていてくれた。
「許すも何も、猪口さんは悪くないよ」
「だったら、染井くんも何も悪くないですよ」
春という季節が訪れたばかりで、まだほんの少し肌寒さを感じていたはずなのに。
「頑張って高校に進学してくれて、本当にありがとう」
染井くんが言葉を贈ってくれると、心が温かくなるのを感じる。
「猪口さんが諦めちゃったら、俺たち出会うことなく終わっちゃってたから」
心が温かくなると、身体も春の柔らかな温かを感じ取っていけるようになる。
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