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 千早くんが選んだ店はハンバーグレストランだった。千早くんに目玉焼きとチーズを勧めたが、贅沢すぎる、と目玉焼きだけにされて、俺がチーズのハンバーグを注文した。  ハンバーグが目の前に置かれると、顔を輝かせて、いただきます、と手を合わせる。大きめに切って口いっぱいに頬張り、頬骨を上げて目を細めた。本当に美味しそうに食べるから、千早くんが食べるのを見ているだけで楽しい。  とろけたチーズが乗ったハンバーグを一口サイズに切り、フォークに刺して千早くんに向ける。 「千早くん、こっちもどうぞ」  口の中のハンバーグを急いで飲み込み、あーん、とかぶりついた。咀嚼して飲み込むと、美味しいです、と笑う。 「広明さんもどうぞ」  ハンバーグを俺に向けようとして袖に付きそうになったため、千早くんは袖を捲った。  あーん、と食べさせてもらう。  捲ったことで千早くんの腕にあざができていたのを見つけた。 「腕、どうしたの? 痛む?」  千早くんは目を瞬かせ、俺が指したところを見て慌てて袖を戻す。バツが悪そうに視線を下に向けた。 「何かあったの?」 「いえ、何でもありません」 「何でもないなら俺に言えるよね」  最初に、ぶつけちゃいました、と何でもないことのように言われていたら気にしなかった。千早くんの様子から、言い難いことなんだと思う。でも大事な子があざを作った理由は気になる。 「……大学で僕がパパ活をしてるって言ってきた人がいました」 「は?」  千早くんのどこを見てそんなことを言ったのか。見た目は髪を染めたことすらない素朴で真面目そうな、普通の男の子なのに。服装や持ち物をブランドもので固めているわけでもない。  贅沢していいよ、と言えば目をキラキラさせて目玉焼きを乗せることを選ぶような子なんだ。  パパ活するほどお金に困っている様子はない。 「パパ活してるなら俺の相手もしろって言われて腕を掴まれた時にできたあざだと思います」 「あざができるくらい強く掴まれたの? 事実と異なることを言われるし、酷すぎるね」 「そうですよね! 広明さんはパパじゃなくて僕の彼氏なのに。こんなにかっこよくて素敵な人のどこを見てパパだと思ったんでしょうか」  鼻息を荒くして怒っているが、千早くんの言葉に耳を疑う。 「……待って、俺がパパだと思われたの?」 「はい。広明さんに失礼です!」  10歳離れていると、他人からはそう見えるのか……。 「いや、俺のことで怒ってくれてるのは嬉しいけど、千早くんがパパ活をしていると思われていることを怒った方がいいんじゃない?」 「そうですか? 僕は自分のことはどう思われても気にしませんが、広明さんが嫌な気持ちになるのは嫌です」 「俺もだよ。だから千早くんに嫌な思いはしてほしくない」  自分が不名誉な噂を立てられているというのに、俺のことで怒ってくれるような優しい子だ。自分のことを大事にしてほしいし、俺も千早くんを大事にしたいと思う。 「大丈夫です! 次に絡まれたら戦います」  右手で拳を握り、前に突き出してパンチをする真似をするが、どう見ても猫パンチだ。その仕草はとても愛らしいが、喧嘩なんてしたことないんだろうな。 「戦わなくていいよ。俺がパパじゃなくて恋人だって分かればいいんでしょ。そうしたらもう絡まれないよね。とりあえず食べようか。冷めちゃうよ」 「はい!」  美味しいです、と満面の笑みを向けられた。
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