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『ごめんね、1時間くらい遅れそう』
仕事が終わらずそうメッセージを打つと、すぐに既読になった。
『近くのカフェで待っています。お仕事頑張ってください』
返ってきたメッセージを見て申し訳なく思う。
我慢させているよな。もっとわがまま言ってくれてもいいのに。
今日みたいに急に待ち合わせ時間を変えてもらっても、休日出勤でデートがなくなっても『頑張ってください』と応援してくれて不満なんて言われない。『仕事と僕どっちが大事なんですか』と聞かれるのは面倒だと思っていたが、何も言われないとそれはそれで不安になる。
俺には言いたいことも言えないのではないか、と。
恋人の千早くんは10歳も下の19歳だ。俺に気なんて使わずに、言いたいことを言ってもっと甘えてほしい。恋人なんだから甘えられる権利が俺にはある。
待たせてしまう時間を少しでも減らせるよう、一心不乱にキーボードを叩いた。
1時間が早まることはなく仕事を終える。
『遅くなってごめんね。今から向かうからどこのカフェにいるか教えて』
職場の最寄駅にはいくつかカフェがある。駅方面に歩いていると、スマホが震えた。
『今、お店を出ました。いつもの待ち合わせ場所にいますね』
やっぱり俺に気を使っているよな。スマホをしまい、足を速めた。
人がごった返す駅前でも、千早くんならすぐに見つけることができる。俺が駆け寄ると、気付いた千早くんが表情を明るくして手を振ってくれた。
「待たせてごめんね」
「今来たところですよ。広明さんお仕事お疲れ様です」
1時間待たせているのに、今来たって……。ここには来たばかりかもしれないが、カフェでずっと待っていたのに。
「お腹減ったよね? 千早くんの好きなもの食べに行こう」
「いいんですか?! 僕はハンバーグが食べたいです」
「もっと贅沢言ってもいいんだよ!」
食べ放題じゃない焼肉だとか回らない寿司だとか。
「じゃあ、ハンバーグに目玉焼き乗ってるのがいいです!」
純真無垢な瞳を輝かせて言われた言葉に口元が緩んだ。贅沢が目玉焼きって可愛すぎるだろ。
「目玉焼きだけじゃなくてチーズも乗せてみようか」
「えっ? それは贅沢しすぎじゃないですか?」
目をまん丸にするから吹き出してしまった。思いっきり撫で回したい。外だから我慢するけど。
「じゃあ食べに行こうか」
「はい! 嬉しいです」
千早くんの手を握る。顔を染めてはにかむ姿に胸をギュンと鷲掴みされた。
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