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私は立ち上がって若槻のデスクの前で止まった。若槻は「な、なんだよ」と呟き、驚いたように私に目を向けていた。私は机の上にあったペーパーナイフを手に取って熊の腹に突き立てた。熊の腹をペーパーナイフでは破くことは出来なかったけど、それでも探るのにはじゅうぶんだった。カチリと何かに当たった。私はペーパーナイフを放り出し、その穴に指を突っ込んだ。
「おまえ、なに……」若槻は目を丸くさせてた。私はそれを引き抜いて、若槻の目の前に差し出した。
「美桜が私に預けたもの」
それはUSBだった。若槻はそれを奪うように引ったくると、咲田にパソコンを持ってこさせた。そしてそのUSBをパソコンに突っ込んだ。
「──これって」画面を覗き込んでた咲田は若槻の顔を見た。
「ああ、顧客情報だ。鮫島の兄貴、いつの間にこんなに調べて……」
「それって役に立つ?」いつの間にか私の隣に立っていた心春はそう言った。「私達が鮫島さんの代わりになるくらいには」
若槻は苦い表情をしながら顔をあげた。「いま何て言いやがった?」
「鮫島のおっさんの代わり。おっさんがやりたかったことを私達が引き継ぎたいの。ね? 杏」
私は心春を見つめた。「本気?」
「杏はどう思う?」そう聞かれて私は戸惑った。だけど鮫島さんが私達を助けてくれたみたいに、私も誰かの手を掴んでみたいと思った。名前のひとつであんなふうに思ってもらえるなら、私達だってなにかできるかもしれない。
「やる。やりたい」
私がそう答えると心春はにかっと笑いながら手のひらを向けた。私はその手のひらをぱちんと叩いた。
「決まりだね! 若槻、そういうことだから!」
若槻は「うるせえ」と答えると咲田と小声でやりとりを始めた。若槻にとっても悪い話じゃないだろう。咲田は若槻の言葉に何度も頷いていた。そして咲田はその場を離れて、どこかに電話をかけ始めた。
「──とりあえず場所、決めるぞ」若槻はそう言って頭を掻いた。
「やった!」
「ありがとう、若槻さん」
面倒くせえことになったなあと若槻はごちた。けどその顔はどこかにやけていた。
心春はなにやらゴソゴソとポケットを探っていた。財布を取り出すと、その中から絆創膏を取り出した。そして剥離紙を剥がすといきなり私の持ってた熊のお腹に貼った。
「とりあえず応急処置」
私はそれがおかしくて笑い出した。
若槻はそれを呆れたように眺めて「どうかしてるな」と肩をすくめた。
私達は私達なりにきっとできる。美桜が帰ってこれる場所があればいい。そして私達はそこで待つんだ。おかえりって言うために。
〈了〉
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