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 しばらくして心春があっと声を上げた。「なんで若槻が自由になってるの?」 「はあ? あんなの抜けるなんて余裕だろうが」 「でもちゃんと結束バンドで縛ったと思ったけど」私はよく思い出してみる。ゆるく締めた覚えもなかった。 「結束バンドは抜けられるコツがあんの」若槻は自慢げに言った。 「じゃあいつでも逃げられたってこと?」 「まあな。テメエらに聞きたいこともあったし、暴走するのも止めたかったし」 「まあ、その、今回はありがとう、若槻、さん」心春は口を尖らせながらも一応お礼を言った。美桜のことだろう。もし若槻がいなかったら、私と心春だけではどうしようもなかった。 「ねえ心春。若槻さんはもういいんじゃない? この人らが殺したわけじゃなさそうだし」 「うーん。そうだね、もう帰っていいよ」 「はあ?」若槻は眉を吊り上げた。「勝手に人質にしといて今さら帰れってか! 第一、そいつがやって来たらどうする気だ?」  どうするって。私は心春と目を合わせた。「話しかけてみようかなって」 「馬鹿か? 相手は鮫島の兄貴を()った野郎かもしれねえんだぞ? 危険過ぎる」若槻は声を荒らげた。 「だからさ」私は若槻をじっと見つめた。「私達は鮫島さんが死んじゃった時点で終わってるんだって」  若槻は自分も行くと言って譲らなかった。しかもそれっぽい野郎がいても、後を追ってどこに住んでる誰なのかを調べるだけにすると勝手に決められた。そんなの余計なお世話だなというのが顔に出てたのかもしれない。若槻は苦い顔で言った。 「テメエらが終わってようがどうだろうが関係ねえけど、俺は許さねえ。てか鮫島の兄貴もそれは絶対許さねえわ。鮫島の兄貴が何で黙って()られたのか考えろ」  私達が不思議そうな顔をしてると若槻は苛ついたように続けた。 「テメエらを守るためだろ? 鮫島の兄貴は──前に嫁と娘を殺られてんだよ」  私も心春も驚いて若槻を見た。美桜も慌てて顔を上げていたから、きっと知らなかったのだろう。 「いまの俺の上がわざと仕掛けたんだ。それに嵌められてな。上の可愛がってる奴を殺しちまった。その報復で嫁と娘がさんざん嬲られた挙句に殺された」若槻の眉間に深い皺が刻まれた。「それ以来よほどのことがないと手を出さねえ。相手が分からねえ野郎なら尚更だ。だから黙って殺られたんだろうが。それなのに終わってるとか言うな、馬鹿野郎」  美桜の手から熊のぬいぐるみが滑り落ちた。若槻を見つめたままだった。私は熊を拾った。埃を払いながらその熊を眺めた。 「美桜」私は名を呼んだ。そして熊を差し出した。 「──もしかしてこれって鮫島さんから?」  ただの勘だった。そして美桜はゆっくりと頷いた。  私は心春に目を向けた。心春も私を見ていた。目が合った。もしかしたら本当に想いあってたのかもね。そう心春も思ってるみたいだった。
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