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「今日はもう呼ばれないかな」心春はそう呟くと、その場に寝転んだ。綺麗な長い髪が無造作に床に広がった。 「綺麗な色じゃん」私はその金糸のような髪の毛の束を手のひらに乗せた。 「ホワイトミルクティーグレージュ。ブリーチ2回しないと綺麗な色が出ない」  それを聞いて私は苦笑した。こんな色にしたいけどそれは無理だ。ブリーチ2回して、これだけの艶は保てそうもない。心春のちょっと吊り目のアーモンドアイと派手な色の髪は相性がいい。それに手足も長いモデル体型だから、キッズ達には無理めなセクシーな格好がよく似合う。客も派手な人が多いのか聞いたら「それが意外とかたい職業の人が多くて」と言って笑っていた。そういうものなのかもしれない。  私は自分の髪を触った。長さも中途半端なミディアムで色も安定のラテベージュ。面白みはない。ファッションも清楚な女子力高めのものを選んでいる。キッズ達と比べて客の年齢層が高めだから仕方ない。 「わたしは杏の髪、好きだよ。似合ってる」心春は私を見上げてそう言った。なんだか見透かされてそうで居心地が悪くなって笑って誤魔化した。  心春と一緒に暮らすようになってもうすぐ三年になる。最初に会った時はその見た目からかなり怖かった。今よりもっと尖った感じの子だった。プラチナブロンドのストレートの長い髪はかなり傷んでいたし、チューブトップにデニムのショートパンツでとにかくエロかった。けれど見た目とは違ってめちゃくちゃ人懐っこい子だった。 「ヤバい系の人を嵌めちゃってさあ」心春はあっけらかんとそう言った。嵌めたというのは美人局(つつもたせ)をしたということらしい。「めっちゃヤクザだった!」そう言っておかしそうに笑った。 「マジで殺されそうになってさ、ボッコボコに殴られて。そん時に鮫島のおっさんが助けてくれたんだ」心春は笑っていたけれど、困ったように眉を下げていた。本当は死ぬほど怖かったに違いない。  心春はネグレクトの家で育った。両親共にろくに家に帰って来なかったらしい。兄がいて何とか生き延びたらしいが、その兄も心春が中学に入るとふらりとどこかへ行ってしまった。仕方なく友人の家を転々としたり、夜の街をうろうろするしかなかった。そのうちに仲間ができた。そして地元の相模原で美人局を始めるようになった。 「地元じゃまあまあ上手くいってたんだよね。それで調子に乗って横浜に出てきちゃった。それが運のつき」そう言って肩をすくめた。「まさか最初っからヤクザに出会うなんて思ってもみなかったから」  隠れてた仲間が顔を出した途端に相手は豹変した。あっという間だった。そして心春達は知らないところに拉致され、殴る蹴るの暴行を受けた。その時たまたま鮫島さんがそこにやって来た。 「鮫島のおっさんが止めてくれなかったら、たぶん死んでたんじゃないかなあ」心春は遠い目をしてそう言った。  美桜が帰ってきた。黙って私のそばに立つ。 「あ、おかえり」そう言うと美桜は黙って両手を差し出した。「『おかえり、美桜』」私が熊を手渡す時に隣で心春が腹話術の真似事をした。美桜はにこりともせず黙って熊を受け取った。そしてぺたんと座り込むと熊に向かって小さな声で何やら話し出した。何を話してるかまでは分からないが、でもふふと笑ったりして楽しそうだ。ずっと人の話す声を聞いてたらなんだか気持ち良くて眠くなってきた。  気がついたらすっかり眠っていた。ご丁寧にも電気も消されている。そして私と心春にはブランケットが掛けられていた。きっと美桜だろう。だったら起こして欲しかった。 「心春。ベッドに行くよ。起きなよ」私はぐずる心春を引き摺って部屋に向かった。
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