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 私は中学を卒業するとすぐに、家のお金を盗んで夜行バスに乗って東京にやって来た。東京の歌舞伎町に行けば、自分を買ってくれる男の人がいるらしい。その人は美味しい物を食べさせてくれるって。もちろんそれだけじゃないだろうけど、そんなことは些細なことだった。私はその場所に向かった。若い女の子達がそこかしこに座っていた。私もそこから少し離れた場所に座って待った。だがその日は誰からも声をかけられることはなかった。  次の日もじっと待った。夜になると冷えてきた。自動販売機でミルクティーを買って手の中で握り締めた。 「そこにずっといると寒いでしょ?」そう頭の上から声が落ちてきた。顔を上げるとそこまでおじさんじゃない若い男の人が二人いた。「あっちで暖まろうよ」そう言って何故か細い路地を指さした。どうやらお金をくれるわけではないようだ。だが風も吹いてきたし、ビルのかげのほうならそれもしのげるかもしれない。私は立ち上がってついて行った。だがそのままビルの一室に連れ込まれて、そこに待っていた数人も加わってそのままレイプされた。  それはどのくらいの時間だったか覚えていない。泣きも叫びもしなかったのに殴られ蹴られて身体中が痛かった。そしてほとんど小銭しか入ってない財布を取られてビルの外に放り出された。そこはゴミ置き場だったけれど、痛くて動くことは出来なかった。明日はゴミの収集があるのかな、そうしたら見つけてもらえるのかな。そんなことしか考えられなかった。その時に乱暴に腕を掴まれ引っ張り上げられた。それが鮫島さんだった。  鮫島さんは何も言わずに私を引っ張って行って車に放り込んだ。車は行き先も告げずに走り出した。このまま死ぬのだろうか。だったら最後にお願いしてもいいだろうか。 「──あの。最後に卵かけご飯を食べさせてもらえませんか?」勇気を出してそう言った。これで食べさせてもらえればラッキーだったし、言わずにお願いすればよかったと思いながら死にたくはなかった。  答えはすぐには返ってこなかった。車は赤信号で止まった。 「──好きなだけ食えばいい」  答えはそれしか返ってこなかった。  それから私はここにいる。もちろんすぐに卵かけご飯を食べさせてくれた。 「死にそうなくせに卵かけご飯が食いてえとかどうかしてるな」鮫島さんがそう呆れながらご飯をよそってくれた姿はいまだに忘れられない。  鮫島さんには二度命を助けられている。  一年ほど経って仕事にも慣れた頃、いつも利用していた客が豹変したのだ。睡眠薬入りのアルコールを飲まされ、ふらふらしてるうちにシャブを打たれた。 「キメセク最高!」客がそう叫んでいたのを朧げに覚えていた。身体はもう自分の思い通りには動かなかった。時間の感覚も無くなっていた。何時間経ったのかそれとも何分なのか全然分からなかった。ラブホから出て駐車場のところに捨てられそうになった時に、その客は私の目の前から消えた。車に当たって鈍い音を立ててアスファルトの上に沈んだ。鮫島さんだった。時間になっても連絡のつかない私を心配して迎えに来たのだ。客は鮫島さんにめちゃくちゃに蹴られて、血飛沫を散らしていた。そして動かなくなった。鮫島さんはそれからどこかに電話をしていたが、私の記憶はそこで途絶えている。気がついたら知らない病室のベットに括りつけられていた。シャブは抜けるまで気持ち悪かったけど、そんなに時間はかからなかった。私はまた鮫島さんに助けられた。  だから私がここから出ていく理由なんてないのだ。
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