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「鮫島さん、なかなか帰って来なくない?」心春はスマホから目を離さずにそう呟いた。そういえばふらっと出かけて行ってしばらく姿を見ていない。
「コンビニでも行ったかな」心春はそれに自分で答えていた。鮫島さんは時々コンビニに出かけることがある。だが仕事が始まってから行くことなんてなかった。それに本当に用事のある時しか行かなかったから、すぐに戻ってきていた。
そんな話をしていたらカシャンと鍵が開く音がした。ああ、帰ってきたんだなと思った。そしてすぐに鍵の閉まる音がした。だが鮫島さんはすぐに姿を現わさなかった。私と心春は部屋の入り口をずっと見つめていた。ふらりと大きな影が見えた。そしてその影は部屋に入ろうとした時に崩れ落ちた。
「おっさん!」心春はすぐに立ち上がって駆け寄って行った。私も慌てて後に続いた。鮫島さんの大きな身体は部屋の入り口のところで倒れていた。
「鮫島さんッ!」私はうつ伏せに倒れた鮫島さんの肩を掴んだ。そのうちにその身体の下の血溜まりを見つけた。
「きゅ、救急車!」心春は震える手でスマホを取り出した。だが心春の手が掴まれた。血に塗れた鮫島さんの手だった。私も心春も動けなかった。そして心春の腕を掴んでいたその手は、そのままするりと離れて床に落ちた。
「鮫島さん」私は肩を揺さぶった。だがその身体は力なく揺れるだけだった。
私たちの後ろで悲鳴が聞こえた。バタバタと走り回る音がした。
「杏ちゃんも心春ちゃんも早く逃げなよッ! このままだと警察来るよ!」誰かがそう耳元で叫んだ。けど身体が動かなかった。みんなはそれぞれの荷物を持って我れ先に玄関から出て行こうとしていた。中には鮫島さんの簡易金庫から現金を盗っていくのもいた。それが目の端に入るのに、私も心春も声も出せなかった。足音がやんで玄関を乱暴に閉める音がした。
「──おいおい、どうしたよ?」それがやんだと思ったら急に玄関から男の人の声がした。足音はこちらに向かっていた。
「おい。どういうことだよ!」部屋に入ってきたスーツの男は鮫島さんのそばに膝をついた。
そのスーツの男の後ろには大柄で派手なシャツを着た男が立っていた。この二人は見たことがあった。月末に必ず来る二人だった。スーツの男は鮫島さんの首筋に指をあてた。そして舌打ちをした。「死んでんじゃねえか」
「──ねえ、あんたがやったの?」隣から低い声が聞こえた。心春だった。「月末でもないのに急に来るなんておかしくない?」
私は心春を見つめた。心春はスーツの男を睨みつけていた。男は心春を一瞥するとすぐに鮫島さんに目を向けた。
「馬鹿言ってんじゃねえわ」
スーツの男は心春を相手になどしなかった。だがそう言っただけで、やったともやっていないとも答えてはいない。
「咲田」スーツの男は大柄な男に声をかけた。「処理しねえと。手配しろ」
咲田と呼ばれた大柄な男はどこかに電話をかけ始めた。スーツの男は膝をついたまま、頭に手をあて長いため息をついた。
「──ねえ。本当にあなたが殺したの?」
聞いたことのない声だった。慌てて顔を上げるとスーツの男は首元を腕で締められ、鋏を首筋に当てられていた。背負ったピンクのリュックからは熊が顔を覗かせていた。美桜だった。
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