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「おい。鋏をおろせ」急に男は言った。「ゴム通りに向かってるんだろ? 大きな道に出る前に鋏をおろせ」
「なんで?」美桜にその気はなさそうなので、私が代わりに聞く。
「大きい通りに行けば目立つ。それに警察だってうろうろしてるかもしれない。職質されたら面倒だろ」
「まあ、確かに」この男が鮫島さんを殺したのなら、いま警察に捕まっても面倒だ。美桜をチラリと見ると、美桜は黙って鋏を下げた。でも決してその刃を男から離すことはなかった。
「──俺は殺してねえ。なんで俺が鮫島の兄貴を殺すんだよ」
心春はルームミラーでチラリと男を見た。
「鮫島の兄貴には相当世話になってる。殺すわけねえだろ、馬鹿野郎」男は吐き捨てるように言った。
心春はゴム通りを海側に向かって走っていた。海側には倉庫がたくさんあるが、入り込めそうにない。心春は産業道路に出ると横浜方面に向かった。
「じゃあなんで今日来たの? いつも月末しか顔出さないじゃん」心春は急に口を開いた。
「鮫島の兄貴に呼ばれたんだよ。頼みたいことがあるって。そんなこと今までなかったから慌てて来たってわけ」
「頼みたいことって、なに?」美桜が急に喋った。私も男も驚いて美桜に目を向けた。
「調べて欲しいことがあるって。なにかは知らねえ。会って聞くつもりだった」
「そんな頼み事をするのは初めてだった?」私は気になって口を挟んだ。
「いや。調べ事を頼まれるのはよくある。けど大体は月末会った時に頼まれるって感じで。わざわざ電話がかかってくるなんてことはよっぽどの時だ」
慌てて調べて欲しいこと? それは何だろうか。新しい女の子が入って来た時はなんだかバタバタしてるのは見かけたこともあるけど。
「──最近、なんかあったっけ?」私は心春に聞いた。
「さあ。気がつかなかったな」
「朝、早起きしてた」美桜は思い出したようにそう言った。「いつもより早く起きてた」
美桜はそう言って何かを思い出すように窓の外に目を向けた。というかそもそも鮫島さんが何時に起きてるかなんて知らない。それが早いのか遅いのかも。
「ねずみ」美桜はふいに何か思い出したように呟いた。「ねずみが置かれてたのはマズいなって。何かあったら大変だって」
「ねずみって? なんかのキャラクターのヤツ?」
「分かんない。鮫島さんが言ってたのを聞いてただけだから」
「ちょっと、ツーブロック! ネズミってどんな意味よ?」心春は叫んだ。
「おい。ツーブロックってもしかして俺のことか?」
「ツーブロックは一人しかいないじゃん」
男は舌打ちをした。「分かんねえよ。それからその呼び方はやめろ」
「じゃあなんて呼べばいいのよ?」
「──若槻だ」
「ねえ、若槻」
「せめて〈さん〉つけろや」
「本物の鼠ってことはあると思う? 本物なら見かけたことある」
私も心春の言ったように本物の鼠ならあの家の近くで見かけたことはある。けっこう大きめの鼠。都会の鼠は大きいんだなって思ったのを覚えている。
「分かんねえよ」若槻はそう答えると何か考え込むように口をつぐんだ。
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