第0章 罪名・第1章 ひとりぼっちが2人

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第0章 罪名・第1章 ひとりぼっちが2人

第0章 罪名 僕が様々な初めてを体験した出来事をここに残します。 今村千陽 現20歳。 当時の僕は狭い世界で生きていたと思う。今も変わらない狭い世界ではあるけど、確かな違いは正確な悪意を持って命を手にかけた人たちがいるということ。 当時の僕は人助けのつもりと思っていたはずなのに、人は「悪意の正義感」と非難した。 ただ、僕は思う。彼女は僕の手によって救われたと。 17歳の夏に人を殺しました。だけど命を奪ったのではなく、彼女を救うために殺しました。 「僕の罪名は嘱託殺人」 折敷刑務所にて服役中、現在服役2年目。 終わり 第1章 ひとりぼっちが2人 中学3年生の夏、同級生が受験と嘆いている中、僕は前々から高等学校から声をかけられていた。学力面でも体力面でもなく、学校側にどれくらいのお金を落としてくれるかを基準とされていた。 僕には関係ない事だけど両親は並の収入よりもお金があった。その為か小さい時からどんなものでも無駄にお金をかけている。家も着るものも通う学校でさえも。お金だけあっても得られない居心地を無視して、より良いものだけを選別して僕に与えていた。お金をかけられても嬉しくは無い。僕が欲しかったのは両親からの愛情だけだったのに、何を勘違いしたのかお金だけを渡してきた。 「今日はパパもママも遅くなるから、これで好きな物買って食べてね。足りなかったら連絡ちょうだい?」 多すぎるくらいの1万円札が茶封筒に入れられていた。小学校高学年の頃から年々金額が増していくのと比例して両親からの視線は僕ではなく仕事に変わっていった。帰ってこない日が続くようになり、こんな広い家に1人残された僕はただ寂しくて仕方がなかった。 静かで冷たい空気の中に僕の足音が家の隅々までに響く。 「辛い、冷たい、もっと一緒にいたい」これは我儘になるのだろうか。毎日同じことを考えていた。 いつしかそのお金をポケットにグシャと押し込み、もしかしたら人の温もりに触れられるかもしれないと勝手に期待して、日が暮れる頃繁華街に向かっていた。 電車に揺られながらSNSで春を売る女性が集まる公園に行き優しそうな人に声をかけてみるも、そういった「システムを知らない」と思われたのか相手にはされなかった。その日は何もすることなく帰ろうと駅に向かい足を進めていると、ふと横目に入った男女の集団。銅像に登ったり地べたに座ってガスコンロを囲んでいたり、中には嘔吐する人にスマホを向けて笑いながら写真を撮る人。「汚い」思わず口から出た一言があの人たちに届いてしまったのか、その中の1人と目が合う。 「あれ?ちはる?……あっ!やっぱちはるじゃん!?」大きい声で呼ばれ同時にスマホを向けられる。 あんなのとは関わりたくない、一心に走り出して逃げた。だけどその人は僕の名前を呼びながら追いかけてくる。 「待ってよ!今村千陽でしょ!?」 どこかで聞き覚えのある声に振り向いてしまった。2人共息を切らしながらもお互いの顔を確認し合うと、同じクラスにいる江上茉莉花だった。アルコールの臭いを纏っていた彼女は、メイクも濃いし着ている物も下着が見えるくらいのミニスカに胸元がフワっとしたロリィタブラウス、学校で見ていた人物とは違っていた。 それより学校に来ないでこんな治安が破綻している街で何をしているのか。僕も言えたことじゃないけど。好奇心が自制心を飛び越して聞いてしまい「あんな狭い世界よりこっちの方が楽しいよ?誰も否定しないし同じ人がいるから助け合えるし」と今まで見たことの無い楽しそうな顔で答えた。確かに一理ある言葉ではあるけど引っかかるものがあった。「僕には学校で見かける君の方がよっぽど楽しそうに見えていたけど」僕のその言葉にさっきまでの楽しそうだった顔が一気に冷たい視線に変わった。 「今村が見ていた私は、自分を守るために作り上げた私だから。その部分しか見ていない今村には分からない出来事があるの。記憶を消したいくらいの出来事が」 確かにそうだ。僕は学校での一部分しか見ていなかった。恐らく見ていなかったのではなく、見なかった事にしていたのかもしれない。 次第に彼女の呼吸が乱れはじめて、髪を掴むように頭を抱えていた。 「もうあんなところには行きたくない!なんで私だったのか分からない!あいつらが死ぬべきだったのに…」そう叫びながら膝から崩れ落ち座り込んでいた。 髪を掴んでいる手のブラウスの隙間から僕を覗き込んでいたのは無数の傷跡。不意にできた物というより意図的に付けた痕であろう数。その無数の傷跡の中には痛々しいくらいに真新しい物もあった。 気づいたら泣きじゃくる彼女と同じ視線にしゃがんで髪を掴んでいる手を優しく握っていた。 「ごめん。見ないふりしていたのに聞き出したりして。死にたいくらいの出来事があったんだよね…」 さっきまであの汚い中にいたとは思えないくらい弱々しい彼女を見て同情を寄せていた。 僕とは違う嫌な出来事が襲っていた事を見ないふりをして否定していたのが情けない。そう思っていたのが馬鹿に思える彼女の言葉が僕に突き刺さった。 「何が分かるの。見ないふりは同罪だよ。お前もあいつらと同じなんだよ!」 あいつらと同じ?あいつらもお前も僕とは違う。「僕があいつらと同じならこんな汚いところになんか来ない。だけどお前とも違う。君らより優れた人間であることには違いない」唾を吐き捨てるように向けた言葉を聞き、彼女は面食らっていた。恐らくこの時の僕の顔はとてつもなく冷徹な顔をしていただろう。もう関わることもない。彼女がどうなろうと僕には関係ない。そう思いその場に座り込んだ彼女を置いて帰路についた。 電車に揺られながら高層ビルの明かりを見ていると、ふとあのゴチャとした人たちを思い出し腹の底が熱くなっていく感覚に襲われる。 耐えられなくなり次の駅でトイレに駆け込み、腹の底にあった生暖かい嫌悪を吐き出した。 「お前もあいつらと同じ」この言葉が頭から離れない。何が同じなのか分からず、気持ち悪さだけが体の中を巡っている。 あいつらと一緒になって笑っていた彼女、輪の中にいても下を向いて俯いている彼女。明らかな違いはこの2つしか分からなかった。 決定的な違いは彼女が笑わなくなる前にクラスメイトが死んだ事。
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