第2 深い悲しみ

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第2 深い悲しみ

第2章 深い悲しみ 回想 中学2年の7月、梅雨が明けきらないじっとり感が残る夏前、江上が1人の女子としか関わりを持たず、友達というより恋人のような距離感に感じていた。当時の僕にはまだ分からなかった時だけど、今なら分かる。江上茉莉花はレズビアン。恐らく理解されないから言わなかったのだろう。ひっそりとクラスメイトと付き合っていた。そのクラスメイトは後に自ら死の選択をする。そして江上は孤立した。クラスメイトの名前は伊原真姫。 伊原の事はほとんど知らないけど、他の生徒とは違って品があり凛としていて男子生徒からモテていた。 それを妬んでか女子達は伊原を袋叩きにするようにいじめを始める。伊原本人にとっては意味が分からなかっただろう。モテたくもないのに勝手に好かれて勝手にいじめられ、勝手に妬まれる。いじめもあってなのか伊原が学校に来る日数は減っていった。 気づけば江上も来なくなり、周りの人は2人を「レズじゃない?」と噂をしていた。実際その関係は不明のまま「伊原が自ら命を絶った」と知らされる。通夜に来ている生徒は極わずかで、その中に江上が焼香台の前に座り込みひたすらに泣いていたのを覚えている。 「絶対許さない」そう呟き式場を後にしていた。 この言葉は2人の間に良くないことが起きていたのだろうと思っていた。 49日が終わり伊原の骨壷が埋葬された後、白い花束を両腕で抱えた江上が喪服姿で登校してきた。 誰も「なんで喪服なのか」は聞くことなく、教室内がざわめき出す。 周りのクラスメイトを見ることなく空になった伊原の席に花束を添え、血が出そうな程に拳を握りしめ、そのまましばらく立ち尽くしていた。誰にも目を合わせることなく教室から出ていったその日以降学校で江上を見た人はいない。代わりに治安の破綻している地域で「学校とは全く違う江上を見かけた」と話す人が多くなり、その中には「おじさんとホテルに入っていくのを見た」「パパ活じゃない?」という話も増えつつあった。 自宅にも帰らない日が多くなり江上の親も「どこで何をしているのか分からない」と、誰も連絡も繋がらず行方不明の状態が続くに連れ、良くない目撃情報が増えていた。 回想 終 今回僕が遭遇したのは皆が話していた江上の姿で噂は嘘ではなくなっていた。「学校での江上の方が楽しそうに見えていた」僕のこの考えは本心の江上ではなく虚像。この時の考えを後に後悔するとは知らず家に着いた。さっきまでの五月蝿さが嘘のように冷めきっている家の中に僕以外の足音が聞こえてきて、久しく会っていなかったお母さんが帰ってきていた。玄関で靴を脱ごうとする僕とは反対に2階から階段を駆け降り靴をはこうとするお母さん。少しでも話がしたい。 「久しぶり、お母さ…」 その言葉はお母さんに届くことなく僕の横を通り抜け出ていってしまい、ドアの閉まる音だけが玄関に響いた。この時お母さんに対する気持ちが大切なお母さんから金だけ落としてくれるおばさんに変わった瞬間だった。人はこうも簡単に気持ちを切り替えることが出来るのかと驚いた。 数時間後、1件のメールが届いた。相手は母からで内容は「話せなくてごめんね。パパもママも地方出張が入ったから今まで以上に帰れなくなるから、千陽くんの口座にお金振り込んどくから使ってね」 もう親とも思ってない人からの連絡の中に、まだ僕が「パパ、ママ」と呼んでいると思われていると、悲しみよりも深い憤りを感じた。 とりあえずお金さえくれればいい。ネットバンキングで残高を照会すると30万円が入っていた。即コンビニに行き10万程を下ろして、もう一度あの繁華街に向かった。春を売る女性を買うために。 また同じ電車に乗り、揺られながらSNSで春の売買システムを調べる。 「NN5」「NS4」なんの暗号なのかも分からず、とりあえず同じ地域で会えそうな人に連絡を送ってみるも返信はない。現地の人に声をかけるべきか、SNSで探すべきか。 そうこうしている間に電車が停まった。またあの場所へ歩みを進める途中江上のことを思い出し、無意識に辺りをキョロキョロしていた。 春を売る人達が集まる場所に着くと服装や髪型が似た人ばかりが、ガードレールに寄りかかるように立っていた。どの人に声をかけても同じような気もするが、明らか30歳を超えているだろう人もいる。なんとなく年が近そうな人に恐る恐る声をかけてみる。 「あの…初めてなんですけど…」 初めて。この言葉に嫌悪の視線を向けられると同時に「君、明らか未成年でしょ?高校生?」 年齢を言わずともすぐバレてしまうほど幼く見えるのだろうか。今までが如何に自分を過大評価してるのかを実感した。年齢がバレかけているなら他を当たろう。そう思い「すみません。他探します」と伝えると「相手から声かけてくる人には気をつけなね〜」とスマホを見ながら投げやりに言ってきた。この時は分からなかったけど、数分後なんとなく他の人を見てると、ただ立っていただけの女性にチャラそうな男が背後から声をかけた。その女性は知っていたかのように動じず、淡々と話をしているだけだった。2人が話しながら周りに目配せをしている先に中年くらいの男性がいる。女性は狙ったかのようにその中年男性に声をかけに行った。どんなやり取りをしているかは聞こえないけど、2人は近場のカフェに入って行った。気になりそのままどうなるのかを見ていると、チャラそうな男が僕に声をかけてきた。「君さっきからずっと見てるでしょ?何か気になる?」まさか声をかけられるとは思ってない僕は「いや…すみません」と驚きで裏声気味に返してしまった。男は気にすることなく続ける。 「さっき自分から声かけに行ってたよね。まだ幼いのに興味あるの?」少し馬鹿にされたような口振りだが続けた。「今俺らがやってるのは美人局っていうんだよ。あのカフェに入った女は俺とグルなの。あの男を騙して金を巻き上げる、ただそれだけ」 美人局って、聞いたことはあったけどこういうものなのか。さっきの女性が言ってたことが分かった。相手から声をかけてくる人には気をつけな。美人局の事だった。 男は少しウキウキしたような声色で「もう少し見ててみな。そろそろあの女から連絡くるから」 その言葉から数分、男のスマホが短く鳴ったと同時に「じゃ、行ってくるから見てな」とさっきまでのウキウキした声は裏腹に少し冷徹な声をしていた。
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