第2章 深い悲しみ・続

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第2章 深い悲しみ・続

男が店内に入ると2人が掛けている窓側のテーブル席に近づき、立ったまま中年男性を見下ろして口喧嘩のような事を繰り広げている。中年男性は気が弱いのか、ひたすらに頭を下げるだけで反抗しようとはしない。どんなやり取りか想像はつく。立ったままの男が顎で外を指し女性にお金を渡した。女性は会計口に、男2人は外に。中年男性の胸ぐらを掴み歩道の壁に押し付けると「人の女に手出してちゃんと謝罪もできないわけ?」と僕に聞こえるようになのか結構大きい声で喋っていた。中年男性はどうすることも出来ず、ズボンの後ろポケットから財布を取り出し数枚のお札を手渡そうとしていた。男はゴミを見るような目で「なんの金?」と冷たく放った。掴まれてる男の声は聞こえなかったが、口を小さく動かしている。胸ぐらから手を離すと中年男性の財布を奪いお札の所を漁っている。よっぽどの恐怖だったのか中年男性は腰を抜かして尻もちをついている。 その男性に向かって財布を投げつけるように返すと、先程までカフェでお茶していた女性が出てきた。女性は何事も無かったかのようにその場から離れていき、僕の位置からは見えなくなっていった。 お金を巻き上げてからは早かった。ポケットに巻き上げたお札を適当に入れ込み、僕の方に向かって歩いてくる。 男は「どう?全部見れた?」悪びれる様子もなく、映画の感想を求めるように話し始めた。 僕が知らなかった光景が繰り広げられているこの場所では当たり前に起きている事らしいが、どうにも理解は出来なかった。ここで素直な感想を伝えるべきか、嘘でもこの人を肯定するべきか、悩んでいると男が言った。「「こういう世界は初めて見た」って顔してる。なんでここに来た?」 この人に理由を話したところで何かなる訳じゃない。そう思い「パパ活が気になって見に来ただけです。声掛けたのもちょっとした好奇心で」と答えた。子供の嘘を気づいてか否か、それ以上聞かれることはなく「そう。まぁとりあえず俺らみたいなのには気をつけな」と手を振って何処かへ消えていった。 さっきみたいに何もせず帰る訳にはいかない。何故かそう思い、少し場所を変えて良さげな人を探した。 立っている人たちを見てると黒髪かツインテールが多いのに気づいた。男性受けなのか、界隈のものなのか。ちょっと無個性さを感じた。その中から1人、恐らく20代の女性に声をかけた。なんとなくさっきと同じように「初めてなんですけど、できますか?」と。 女性は僕の顔から足先まで視線を往復させていた。その時の顔は嫌悪の顔ではなく、不思議そうな顔だった。お互い顔を合わせたまま少し沈黙が続き相手が口を開いた。「結構幼く見えるけどいくら出せるの?」幼く見えるのには変わらないらしいけど、ただ拒否はされなかった。手持ちのお金は10万円。クシャクシャになった10枚のお札を全部見せると目を見開いて、僕の手と顔を目線だけが往復している。 相場もマナーも分からない。調べても暗号のようなものしか出てこない。そんな僕を相手にしてくれるのだろうか。両親から見捨てられたような状態に感じている今を、どうにか拭いたい。そんな気持ちでここまで来た僕をこの人は受け入れてくれるだろうか。そんな深い悲しみだけが、僕の心を包み込んでいく。この時僕はどんな顔をしていただろう。 情けのつもりか女性は「ここではお金しまってくれる?」と優しく零した。少し不思議に思ったが、お金はいらないということでは無いだろう。とりあえず今は出したばかりのお札を、またグシャとポケットに入れ込んだ。また少しの沈黙が続いた。恐らく断ろうとしているのだろうか。断られるくらいなら僕から断ろうと思い口を開くと女性が先に声を発した。「とりあえずお茶だけにするか、それ以上の事をするかどうする?」思ってもみない返答に戸惑いながらも、今の僕はこの悲しさを確実に埋めたくて「それ以上の事をお願いします」と答えてしまった。その返答に優しく笑みを浮かべ、ポケットに入れたままの僕の左袖を軽く摘み「じゃ、行こっか」と歩き始めた。場所も分からず連れられるままにしばらく歩き続けた先は、ネオンが煌めいている建物。経験もなく知識も乏しい人でも分かる、ここはラブホテルだった。どこで事が行われるのかも考えていなかったのが情けなさと恥ずかしさで塗り固められていく感触があった。 今まで感じたことのない初めての緊張。 いざ自動ドアをくぐると部屋の写真が並んだパネルが出迎える。こういう時ってどんな部屋にしていいのだろうか、パネルを呆然と眺めてしまう。 気づいた時にはお互い半裸の状態で、始める様子がなくしばらくお互いの事について話をしていた。 「君、本当に初めてなんだね。あまり変わらなそうに見えるけど何歳?」 慣れてる人ならここでこんな話が始まることはないんだろうけど、始め方なんか分からないし、この質問に正直に答えていいものなのかも迷うほど。答える様子のない僕を見て煙草を吹かしながら「まぁ、気が向くまで待つよ。ただ時間内には出ないと延長料金取られるけど」とソファに脚を組んで座っている。 1本目を吸い終わったようで、灰皿に煙草を押し当てたのを見て僕から質問をしてみる。 「年が変わらなそうって貴女は何歳なんですか?」ペットボトルの水を一口だけ喉を通すとベッドの真ん中に座っている僕の脚に跨り両手で頬を包んできた。 「女の子に年齢聞く時は「失礼ですけど」って先に軽く謝罪するものだよ?」少し口角を上げてそう答えた。学校の女子以外と話すのが初めてに等しい僕には、そんな飾り言葉は聞いたことがなく、今日は何回初めてを体験して、どれくらい大人に近づけるのだろう。 そう思っていても年齢を応えてくれることなく、対面するように僕の脚に跨り頬をフニフニ触っているだけ。もう一度「失礼ですけど、何歳ですか?」と聞いてみると、さっきとは違う優しい笑みで「よく出来ました」と頭を撫でているけど、質問の答えは返ってこなそう。何歳であってもこれからの事については関係ない。 頬や頭を撫で続けられる一方でこの後の展開をどう広げればいいのかが、僕にとっての今の課題だった。ここからどう始めるものか。相手に委ねるしかないと思い「年齢はもう答えなくてもいいので、この後どうやって始めればいいですか?何をどうすればいいかもこういうシステム分からないので」と問いかけた。さっきまでの優しい顔はなくなり、少し冷めたような視線に変わったと思ったら、見間違いかと思うくらい早く優しさの視線を向けた。女性の顔はこんなにも変幻自在なんだなと関心したほどに、その変わりようは早かった。 優しさの顔のまま鼻と鼻が付きそうなくらい顔を近づけ小さく囁いた。「名前、かなえ。これからかなえって呼んでから話して?」言う通りにしたらちゃんと応えてくれるのか。「かなえさん、この後どうやって始めればいいですか?分からないのでリードしてください」 またしても優しい顔をして、かなえさんの右手親指が僕の左半分の唇を撫で、口角に指が触れると軽く付くだけのキスが落ちてきた。本当に一瞬だったけど、その間にこういうふうに始まるのかと思ったのも束の間、さっきまで目が合わないくらい近くにあったかなえさんの顔は目が合わせられるくらいに離れていた。 ここでもまた初めてを体験した。中学2年で初めてのキス、しかもお金を介して。こんな初めては誰にも言えないけど、辞めたいと思わなかった。お金だけの関係、それだけが今を繋ぎ止めてくれるこの時間でさえ、心做しか温もりに触れることが出来た気がした。 かなえさんが、今何を考えているのか気になり、かなりの愚問を投げかけてしまった。「かなえさん。今どんな感情ですか?」と。 顔色を変えず「本当に全部初めてなんだなって。絶対高校生より下でしょ?中3?」と少しおちょくるように答えた。 この短時間での関わりで高校生にも見られないって、この人はどれだけの人を相手にしてきたのか検討がつかない。流石にどれだけの人を相手にしたかを聞くのは、年齢を聞くよりも機嫌を損ねることは分かる。触らぬ神に祟りなしってこういうことを言うんだろうな。 かなえさんに抱かれようと意を固め「年齢は中学生です。学年は非公開で。…このまま僕のことを抱いてください」と奉仕してもらえるように伝えてみた。何か機嫌を損ねるようなことを言ったのか、瞼がピクつき「さっき、名前を呼んでからって言わなかった?」と怒るのではなく、粗相をしたペットに注意するように話した。左手で後頭部を撫で、右手で喉仏を下から上になぞり口の中に細い中指を少し入れてきた。「言うことを守れない子にはしてあげない。もう1回言える?」 あ、この人はサディスト側だ。この状態も恐らく僕が犬って事なんだろうけど、今日はもうそれでもいい。「かなえさん。…、このまま僕のこと抱いてください」 まさに小悪魔という言葉が相応しく思える笑みを向けて「ちゃんと言えるじゃん。もうそういう流れって分かってきてるね、理解早い子好きだよ」と答えた。これで主従関係ができた。今日だけ、僕はかなえさんの犬になる。 「どんなプレイをご所望で?基本的になんでも受け入れてあげる。あと今から君の名前はポチね」 優しさの中にどこか冷徹さが織り込まれてるその視線から目が逸らせない。「逸らすな。私をだけを見ろ」そう言われてる気がした。多分僕と大して変わらない年齢の女子に見惚れて、徐々に翻弄されていく。
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