第3章 見ようとしなかった世界

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第3章 見ようとしなかった世界

かなえさんと出会ってから1ヶ月が過ぎた。その間両親は家に帰ってくることは無くお金だけが振り込まれていた。1週間で10万円のペースで振り込まれているが、引き出すことはなく使われない紙は日を重ねる毎に数字だけが増えていく。最初に引き出した10万円もほとんど使うことなく、クシャクシャのままリビングの机に撒き散らすように置かれたままにしていた。 「ほとぼりが冷めただろうなって時」 かなえさんはそう言ったけど、人のほとぼりはいつ冷めるものなのか。けどもうかなえさんとは会えない気がする。ずっとあの繁華街にいると言っても、あの中から人を探すのは難しすぎる。連絡先を交換してたわけじゃないそんな人を。 1ヶ月前に体の中にできた真っ暗な深い穴は埋まることなく、日に日に大きくなっていき、不意にどうしようもない虚しさが襲ってはかなえさんを思い出す。 もう一度あの街へ行こう。かなえさんに会いにではなく、この深い穴を埋める為に。 1ヶ月前と同じ、ポケットに紙切れ同然なくらいクシャクシャになったお札を入れ込んで、日が沈み切る前に同じ電車に揺られながら初めて会った場所を思い出した。 ここは変わらず人が多くてアルコールと煙草の臭いが街を覆っていた。 前に会ったあの公園前にも変わらず女性が立ち並んでいる。その中でなんとなく見覚えのある男が1人。その人は目が合うと小さく手を振って近づいてくる。間違いない、美人局の男の人だった。 「なに?まだ物足りなかったの?」と少し小馬鹿にしながら話しかけてきたが、図星をつかれ反論できずにいた。 会うつもりはないのに、かなえさんの事が過ぎる。この人はかなえさんの事を知ってるだろうか。この狭い世界なら多分。小さすぎる期待をもって「かなえって女の人知ってますか?僕とあまり歳変わらない感じの人です」と聞いてみた。知っているのか、男の顔には少し眉間に力が入り僕から目を逸らした。知っているけど良くない関係だったのだろう。少し言い渋り口を開いた。 「知ってるし、この前死んだよ」 この短期間で僕と関わった人が1人死んだ。ちゃんと謝れなかった。あの日無理にでも謝っていれば、僕に多少でも経験があれば、あの日声掛けたのがかなえさんじゃなければ、僕がこの世界に踏み込まなければ。 小一時間しか関わらなかった人だけど、人が死ぬってこんなにも気持ちが落ちるものなのか。悲しみとは違う悲しみに近い感情。 「なんで死んだんですか?」喉の奥が閉められそうになりながらも、かなえさんが何故死んだのか、それだけが聞きたかった。 男からはあやふやな返答しかこなかった。「なんでかははっきり分からないけど、周りが話してる事しか聞いてないけど」それでも構わない。僕が探ればいい、誰が話していたのかが分かれば辿れる。 「それでも誰がどんな話をしてたか教えてください。情報料払います」 1回しか会わなかった人が死んだだけで、何故こんなにも辛くなっていたのか僕でも分からない。これでもかなえさんが死んだ理由を知りたい。 男は「情報料を払う」の言葉に少し戸惑いを顔を向けた。「いや、人の死を使ってまで金儲けしようとは思わないよ。聞かれたら普通に答えるよ。場所代払うから店入らね?外で話すような事じゃないし」そう言うと、1か月前僕に美人局の現場を見せたカフェに案内された。あの日の出来事が映像のように頭の中に流れてくる。 案内された席は窓際のテーブル席。美人局を行っていた席の近くだった。 最初に切り出したのは男だった。「なんでかなえの事追ってるの?」単純な疑問視を向けられているも、僕自身なんでかなえさんを探しているのかは具体的な答えは出てこない。 「とりあえず知りたいこと教えてよ。俺が知ってる事は教える、けど鵜呑みにはしないでほしい」不確かでもいい。ただ死んだ理由をしりたい、自殺なのか不運だったのか。 知りたい。それと同時に現実を知ることへの恐怖が、体の中に空いた真っ暗な穴を広げていく。首を絞められているような感覚に襲われながらも口を開いた。 「かなえさんが死んだ日、なんで死んだのか。知ってたら教えてください」 男は気が進まない様子で話し始めた。 「この前かなえと仲良かったこの辺の子から聞いた話だけど。2週間くらい前にネットでパパ活募集して、夜にホテル行ったきり見てないって話してたよ。そこから少し経ってその子が警察に連れてかれたのを見たけど、すぐ戻ってきたから気になって聞いたんだよ。」ここまでスラスラ話していた口を紡った。ほんの少しの間でも僕には数分に感じて仕方なかった。奥歯がギリギリと歯軋りの音を立てるくらい、恐怖を吐き出しそうになるのを堪えながら、男が話始めるのを待った。 「その子が戻って聞いてみたら、その子も警察から聞いて初めて知ったんだって。ラブホで絞殺されてたって。俺が聞いたのはそれだけだよ」 殺された。予想外すぎる事実に悲しみも辛さも一瞬でなくなった。それよりもかなえさんを殺した人を僕の手で消したい、その気持ちが湧き上がってきた。 警察に事情聴取された人なら少しでも詳しいことを聞けるかもしれない。「かなえさんと仲良かった人の名前って分かりますか?」男が知ってる人なのかも分からないけど。 男は不安気な顔で「知ってどうするの?」と答えた。正直に「僕の手で犯人を消したい」と言ったら教えてはくれないだろう。
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