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ピアノ椅子に座ったまま、私は音楽室に入ってきた人影を見上げる。
サラサラの綺麗な長い黒髪。
透き通るような白い肌。彫刻のような人間離れした目鼻立ちの美しさ。
「り……さ……?」
画面の向こうで観た顔が、そこに居た。
RISA。アイドルグループ「アイドルミナス」のダブルセンターの一人。私が一番惹かれたアイドル。
一瞬だったかもしれないが、私にとってはとても長い沈黙の後、向こうが口を開く。
「なぜ、その歌を知っているんですか? まだネット上のどこにも上がっていないはずです」
「え、えっと、私がその……この曲の、作曲者、です」
事態が飲み込めないまま、質問に答える。
なんでRISAがここにいるの? 私と同じ制服を着ているの? 脳の理解が追い付かない。
「MIUUさん、ですか?」
「はい、そうです」
「ごめんなさい、いきなり詰問するような口調で。あらためてはじめまして。『アイドルミナス』のRISA、鷺宮有紗です」
「えっと、ボカロPのMIUU、本名は平野未祐です。よろしくお願いします」
こちらだけ座っているのは失礼なので、ピアノ椅子から立ち上がって答える。作曲者なんて肩書を名乗るのはおこがましいので、ボカロPと名乗る。実際ボカロで動画投稿しているから嘘は付いていない。
「MIUUさん、うちの学校だったんですね」
「はい。あれ、『さぎのみや』って……、もしかして二年二組の鷺宮さん?」
「はい、今教室に行こうとしたら廊下から新曲が聞こえてきたので驚いて」
こんな偶然が本当にあるなんて。
「私、鷺宮さんと同じクラスです。隣の席の」
「そうなんですか? ってクラスメイトに敬語は変か。よろしく、平野さん。MIUUって呼んだ方がいい?」
「絶対にダメ!」
私の急な大声に驚いた顔をする鷺宮さん。私は慌ててフォローをする。
「あ、えっと。私学校では友人以外にはボカロPやっているの内緒にしているから」
「そうなの? 私は別にアイドルやっているの秘密にはしてないのに、誰も気付いてくれない」
「なんかモデルとか女優とかってウワサが立ってるみたいだよ」
私も鷺宮さんがアイドルとは知らずに一年間を過ごしていたので、謎の罪悪感がある。
「私は、アイドルになる」
モデルでも女優でもなく、アイドル。
その強い意志を備えた顔が、綺麗とか美しいとか可愛いとかではなく、格好良いと思えて。
「平野さん、私が、あなたがMIUUという名前を誇れるようなアイドルになってみせる。だからMIUUもRISAに、アイドルミナスに最高の曲をください」
「うん」
私も鷺宮さんの、RISAの目を真っすぐに見詰める。
「でも、今はMIUUの事は、本当に絶対に秘密だからね!」
「うん、わかった。よろしく、平野さん」
これは、RISAとMIUUの物語。
ステージの下から、あなたと共に進んでいく物語。
そのはじまり。
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