渡良瀬 秋の記憶

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渡良瀬 秋の記憶

 それは桜が満開に咲く季節だった。 その人は、色素の薄い薄茶色の髪の毛と瞳をしていて、色白というより青白い肌。 霞でも食べて生きているのだろうか?と思う程、線の細い身体をしていた。 出会いは小学校に入学したばかりの頃。 都会育ちで、両親の生まれ育った街に越して来たばかりの俺は、自然しか無いこの街がつまらなかった。 親が引越しの際に「良い機会だから……」とファミコンを捨ててしまった。 外から隔離された世界に、俺だけが一人取り残されているようだった。 山間にあるこの街は、まるで世間から隔離されたようだった。 唯一の娯楽はテレビだけど、NHKと地方局が2局しか無いという……。 こんな俺が、田舎の子供達と気が合うわけが無く、俺は春休みを一人で過ごしていた。 そんな時、俺はその人物と出会った。 隔離された集落の、もっと奥に隔離されたポツンと建っていた一軒家には、大きな桜の木が庭に植わっていた。 吸い込まれそうな程に白に近い桜色の花に、思わず足が勝手に動いていた。 その家は「呪われた家」だと言われていて、近付いたら最後、住んでいる鬼に魂を奪われると言われていた。 この集落では誰も寄り付かず、人が住んでいるのかも不思議だった。 俺がその家の垣根越しに桜を見上げていると 「あれ?珍しい。子供が居る」 縁側で桜の木を見上げていたのだろうか。 紺色の着物を着た綺麗な男の人が、俺を見てフワリと微笑んだ。 「あ……ごめんなさい。あまりにも綺麗な桜だったから……」 慌てて数歩後退りすると、その人は寂しそうな笑顔を浮かべて 「きみも……僕が怖いの?」 そう呟いた。 その表情が余りにも寂しそうだったから、俺は慌てて首を大きく横に振った。 「それなら、僕の隣で一緒に桜を見てくれないか?」 優しい柔かな声に導かれるように、俺は胸の辺りまでしか無い低い木戸をゆっくりと開いた。 小さな平屋のその家の庭には、大きな桜の木しか植わっていない。 その人の隣を促されて縁側に座ると、軽く覗いた家の中はガランとしていた。 「満開の桜の木の下はね、死後の世界に繋がっているんだよ」 ポツリと呟かれて、俺はその人の横顔を見上げた。 青白い横顔には生気が無くて、美しい容姿が余計にこの人をこの世の生き物だとは思えなくさせていた。
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