夏生さんの秘密

1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

夏生さんの秘密

 この日を境に、俺は学校帰りに彼……辻井夏生(なつき)さんの家に入り浸るようになる。 夏生さんはこの家に一人で住んで居て、無職なんだとか。 どうやって生活しているの?と聞いたら、小さく微笑むだけで答えてはくれなかった。 夏生さんは不思議な人で、俺に学校での出来事や様々な話をさせるだけで、自分の話は一切しない人だった。 それでも、俺の話を楽しそうに聞く夏生さんの顔が見たくて、つい毎日通ってしまう。 桜が散ったら、もうこの家に通えないのではないだろうかと不安になりながら毎日通っている中 「ねぇ、夏生さん。桜が散っても、遊びに来ても良い?」 不安になって聞くと、夏生さんは寂しそうな笑顔を浮かべるだけだった。 そんなある日 「秋、顔色が悪いわよ」 母さんにそう言われて、呼び止められた。 「大丈夫だよ」 心配する母さんの腕を振り払い、学校帰りを楽しみに通学路を走った。 学校への通学路から、夏生さんの家の桜が見えた。 ヒラヒラと花びらが舞い始め、桜の見頃の終わりが近付いているのに悲しくなった。 その日、夏生さんの家に行くと 「秋君、もう此処には来てはいけないよ」 そう言われてしまう。 「どうして! 俺、夏生さんに嫌われるような事をしたの?」 叫んだ俺に、夏生さんは悲しそうな笑顔を浮かべると 「秋君、ごめんね。僕は、きみを騙していたんだ」 ポツリとそう呟いた。 「騙す?」 俺の言葉に小さく頷くと、夏生さんはゆっくりと桜の木の下に立った。 はらりはらりと舞い散る桜の花びらが、まるで竜巻のように夏生さんの身体を包み込む。 そしてゆっくりと桜の花びらが空へと舞うと、目の前の夏生の頭に角が2本現れていた。 ……本当は、なんとなく分かっていた。 時折触れる手が、冷たかった。 生気の無い青白い横顔。 桜の花が散り始めてから、夏生さんの儚い笑顔がもっと儚くなった。 それでも俺は、夏生さんの隣に居たかった。 「秋君、僕は人間じゃないんだ。そして、この家もきみの世界とは違う異世界なんだ」 そう言われて、涙が込み上げて来た。 きっと、ここで別れたら最後だ。 二度と夏生さんに会えなくなる。 「だから何? 俺は、俺は夏生さんが大好きなんだ! 離れたくない!」 必死に叫んだ俺の身体を、夏生さんが優しく包み込むように抱き締めた。 「秋君、僕も秋君が大好きだよ」 涙を流す夏生さんの頬に触れ、俺達は唇を重ねた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!