始まり

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「……るな」 「何だ?那津。反抗は許さないぞ」 自分をまるで所有物のように扱う父親、それを当たり前のように享受している村人達への不快感に、腹の奥底から湧き上がる吐き気にも似た感情で 「ふざけるな!」 と、那津は自分の声だと信じ難い低い唸り声を上げた。 そんな那津に驚いた村人達がザワつく中 「さぁ、那津。駄々をこねないで、その男の亡骸を渡せ」 ゆっくりと近付いて来る父親と村人に、那津は首を横に振り 「…………るな、来るな!」 そう叫んだ。 その瞬間、眩い光でその場の人間の目を眩ませたかと思うと、那津の頭にツノが二本生えていた。 「許さない…………。僕から頼久様を奪った父様も、お前ら全員……許さない!」 細身の那津の力では到底無理な、自分より体躯の良い頼久を抱き上げると、那津は頼久の首に齧り付いた。 「那津!止めなさい!」 父親の悲鳴にも似た叫び声は届かず、那津の身体は白い光から黒い影が覆い始めた。 そしてその場に居た3人の女以外、全ての人が風の刃で首を切り落とされ、辺り一体は血の海と化していた。 そんな現場で、額を畳に擦り付けるように土下座して震える女達を見下ろし 「お前らに罪は無い。自分の村に帰ると良い」 そう言い残すと、那津は頼久の遺体を抱き締め 「頼久様、今、ゆっくりと眠らせて上げますからね……」 と呟き庭に穴を開けると、頼久の遺体をゆっくりと寝かせた。 すっかり冷たくなった頼久の頬を撫で 「貴方が生まれ変わったら、又、此処で会いましょう。僕はそれまで、ずっと……ずっと……此処で貴方をお待ちしております」 そう呟き、那津は最期の別れの口付けを落とした。 那津の瞳からは幾つもの涙が流れては落ち、頼久の顔を濡らして行く。 「しばらくのお別れです」 那津が呟くと、瞬く間に地面が平に代わり、頼久の遺体が眠る場所には桜の木が生えていた。 那津が復讐の為にゆっくりと立ち上がると 「那津!」 息を切らせた姉の初が走り込んで来た。 本来なら、頼久と共に人生を歩む筈だった姉の初に、那津は申し訳無さで顔を直視出来なかった。 初は離れの惨状に短い悲鳴を上げた後、両手を祈るように重ね 「那津、復讐なんて止めなさい」 そう言って、那津を真っ直ぐに見詰めた。 「もし……本当に頼久様を愛していたのなら、頼久様が一番悲しむ事をしてはいけません」 優しくて美しい、気丈な姉の言葉に那津は疑問の視線を投げた。 「恐らく……頼久様は、私との結婚がダメになった段階で殺される覚悟をなさっておいででした」 初はそう言うと 「だって、この村は閉鎖的な村なのよ。入ったら最後、死ぬまで戻れないと言われているの。だから、頼久様は私との婚約を白紙にして欲しいと訴えた後、私に『もし、自分に何かあった時、どうか那津が罪を犯さぬよう助けて欲しい。那津は、きみの言う事なら聞く筈だから』と、そう言って来たの」 と続けた。 本来なら、一番泣きたいのは初の方だろう。 それでも頼久に那津のことを頼まれ、頼久が死んだ事を悲しむよりも、那津を復讐の亡者にしないようにと駆け付けたのだ。 那津はそんな初に対し、その場に膝から泣き崩れ 「姉様……ごめんなさい」 と、何度も何度も呟いた。 那津はこの時、初めて姉の想いを知った。 初も又、頼久を深く愛していたのだという事を……。  後から知った話では、婚約を白紙にしたのは頼久の方で、そんな頼久に初が「那津を愛したままで良いから、自分を妻にして欲しい」と願い出ていたのだと……。 例え頼久の気持ちが自分に無くても、頼久が那津と共にある為の防波堤としてでも、初は頼久の傍に、ただ傍に居たかったのだと知った。 後にも、初は誰の妻になる事も聞き入れず、生涯を終えるまで那津と共に頼久を想い続けた。 そして那津もまた、姉の初の願いを聞き入れ、他の村人には手を出す事をしないと誓い、姉が年老いて息を引き取るまで2人で鬼神家の屋敷で暮らした。 そして姉を看取った後は、事件の後に血で染まった離れを異空間に移していたので、あの世でもこの世でも無い世界でただただ……頼久が輪廻転生を繰り返すのを見守って来た。 頼久の魂とは、幾度となく出会い、惹かれ合う運命だったが、鬼となってしまった那津は決して人間とは同じ刻を刻めない。 那津はそうして、頼久の魂の再生を何度も何度も見守り、桜の咲く短い刻を一緒に過ごしては、彼の人生を見送り続けた。 それが自分に課された罰なのだと、那津はそう思っていたのだ。
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