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再び渡良瀬 秋の記憶
俺は長い長い夢を見ているようだった。
ただ分かったのは、これは夢じゃなくて、夏生さんが生きて来た記憶なのだと……それだけは感じ取る事が出来た。
そして俺は、那津が頼久の血を吸った時に齧り付いた場所に、牙が刺さったような大きさのホクロが二つ並んである事に気が付いた。
これはきっと……、俺が頼久の生まれ変わりという印なのだろう。
そして今、夏生さんが語っている名前は、何度目かに転生した頼久が付けたんだそうだ。
「僕が君たちの世界に関われるのは、桜が咲いている時期だけなんだ。だから、いつか夏まで一緒に生きられるように……と名付けてくれたんだ」
小さく笑って、そう語ってくれた。
辻井という苗字は、夏生という名前を付けた人の苗字だと話すと
「もう、僕の寿命も残りわずかなんだ。最後に、秋君に出会えて良かったよ」
ふわりと柔らかく微笑むと、そう呟いた。
「鬼なのに……死んじゃうの?」
思わず聞いてしまった俺に、夏生さんは小さく笑うと
「鬼だって、何も食べなければ死ぬんだよ」
そう答えると、優しく俺の頭を撫でた。
「ごめんね。僕の寿命が残りわずかだから、まだ成長していないのに秋君と出会ってしまった」
まるで泣いているような笑顔を浮かべると、夏生さんは桜の木を見上げる。
そしてゆっくりと俺の前にしゃがみ
「それに、これ以上僕に会っていたら秋君は死んでしまう。この世界は、子供の身体には適応出来ないみたいなんだ。だから、今日で最後にしよう」
そう言われて、俺は夏生さんに抱き付いた。
「嫌だ! 夏生さんは、頼久の生まれ変わりが死ぬのを見届けてくれたんだろう? だったら、俺が夏生さんの最後を見届けたい!」
必死に叫ぶ俺に、夏生さんは泣き笑いを浮かべると
「本当に……あなたは何度生まれ変わっても、変わらない」
そう言って僕の身体を優しく抱き締めてくれた。
子供だからと言い訳せず、真っ直ぐに俺を受け止めてくれる夏生さん。
俺は初めて会ったあの時から、夏生さんに惹かれていたんだと痛感した。
「今度は、俺が待っているから」
「秋君?」
「今度は俺が、夏生さんが生まれ変わってくるのを待ってるから」
そう叫んだ俺に
「生まれ変われるか、分からないよ。僕は……どうであれ罪を犯したからね」
悲しそうに笑う夏生さんに
「大丈夫! 俺が、俺が毎日神様に祈るから!」
そう言って、夏生さんの頬に触れた。
涙で濡れた夏生さんの頬が、ゆっくりと透けていく。
「消える前に、秋君に出会えて良かったよ」
「夏生さん、待ってて! 俺、必ず夏生さんを見つけるから!だから、俺より先に生まれて来ないでよ」
消え行く夏生さんを引き止めるように、必死に言葉を紡いだ。
ほぼ、透明に近い夏生さんと、俺は最後の口付けを交わした。
「頼久様……この身が消滅しても、僕はあなたを愛しています」
その言葉を最後に、夏生さんはまるでそこにいなかったかのように消えてしまった。
そして桜の花びらが豪風に舞い上がり、桜の花は真っ赤な桜蕊になると、ポトリポトリと落ちて、地面を赤く染めて行った。
それはまるで、夏生さんの流した血の涙のようだと思った。
俺はしばらく、真っ赤に地面を染める桜蕊を見つめていた。
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