続・獣の恋

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     ◇  明くる日の朝、日の出とともに目を覚まし、みしみしとあちこち痛む体を軽く解した東矢は、白夜と簡単な朝食をすませたあと、白夜の両親である当代守り人の館を訪ねた。この地に降り立った際に最初に目にした広場正面の古い神社だ。東矢からすれば、『あの』守り神様である。緊張するなと言われても到底無理な話だが、実物を目の前にした東矢は、緊張さえも忘れてその神々しいお姿にただ見入った。  狐神様は、抜いた刃のような美しさをお持ちの麗人だった。もとより細い目をさらに糸のように細めて、我が息子と息子が連れてきたその伴侶を迎えた。薄い唇が弧を描き、淡く微笑んでふたりを見つめている。透き通るような黄金色の御髪と同色のたわわな睫毛が、東矢の思い描いていた神話に出てくる神様のイメージそのままだ。  狼神様は、獣の神という呼び名が連想させるとおりの荒ぶる豪を感じさせる猛々しさでもって、そこに鎮座なさっていた。表情を変えるでもなく、息子が選んだ人間の子どもを強い視線でもって見極めているようだ。狐神様が静ならば、狼神様はまさに動。野性味溢れ美しくも、その醸し出す雰囲気から柔らかな部分は微塵も感じられない。神と言われるよりも、寺門で仏敵を払う仁王だと言われる方が納得してしまう。雰囲気に似合った硬そうな濃い銀の髪と太い尾は、息子である白夜のものとよく似ている。  白夜は全体的に優し気な風貌の狐神に似ていたが、硬質な毛並みは狼神譲りのようだ。 「これで、お前の家も賑やかになるな」  守り人の館は、外観こそ東矢も見慣れた神社の形をしていたが、一歩建物内に入ってみればそこは板ひとつ張られていない草地だった。壁にはところどころ大きな穴が開いており、そこから太陽の光がさんさんと降り注いでいる。後に聞いて知った話だが、神社の形をした建物が倒れない程度に家屋の壁を数か所(狼神が自らの御手で)ぶち抜いて、己が住処を快適にすべく陽をとり入れているのだ。家屋の倒壊を防ぐために、住処のまわりに生えていた木々を(狼神が自らの御手で)根から傾け、壁を四方から支えさせているというのだから驚きだ。  緑の草の上に胡坐をかき、人好きのする笑みを浮かべ、めでたいことだと狐神は何度も頷いた。その隣では声を出さずに狼神が頷いている。息子である白夜は横に座る東矢から見えないことをこれ幸いと、尻尾をぶんぶんはち切れんばかりに揺らしていた。実際には、尾を振りすぎて羽織が肩から落ちたせいで、大きな尻尾は障害物もなく遠慮なくバフンバフン動き、その毛先は横にいる東矢の首筋を擽ったし、何より扇風機並の風をおこして東矢の髪とシャツを揺らしていたのだから、東矢から見えていようが見えていまいが白夜の嬉しいが膨らんだその感情は筒抜けだった。 ――白夜坊ちゃんは、小さい時から伴侶殿をみなに見せたいと口癖のように仰ってましてね。  出掛けに訳知り顔の侍女に耳打ちされて、東矢は大袈裟だなと一笑したのだが、この様子だとあながちそうでもないらしい。東矢を紹介する白夜の声には力が漲っている。 「――え?」 「え?」  趣の異なる美しい神々に圧倒され見呆けていた東矢が急に反応し、その不穏な空気に白夜の声も尾もその場で停止する。 「俺、帰りますよ?」 「は?」 「え、『は』?」 「何を言っている。お前は俺と一緒にいるのだろう?」 「白夜こそ、何を言っているのさ。昨日お前は、五年後に返事を訊くと言っただろう?」  雲行きの怪しくなってきたふたりに、守り人は互いに顔を見合わせて首を傾げた。尻尾も一緒に傾くものだからちょっと可愛い。 「そうだ。だから、お前はこれから五年間一緒にいて俺を愛していくのだろう?」 「え? 向こうに帰って、白夜のことを毎日考えるんじゃないの?」 「何を。またさらに五年お前と離れるなどと、気が狂ってしまう。それに、近くにいた方がより俺の良さが分かるではないか。里の暮らしにもじきに慣れる」 「……」  あんぐりと口を開けた東矢に対して、白夜は涼しい顔だ。東矢が人間の社会に戻るなど、欠片も思っていないのだ。 「急に出て来てじいちゃんたち心配してるだろうし、それに俺、大学だって卒業したいし……」 「ふむ。そうだな。家族には俺からも挨拶していた方が良かろう。ダイガクとは何だ?」 「いきなり白夜が現れたら、パニックだよ。大学ってのは学校。勉強するとこ」  東矢の家族にも挨拶するのだと張り切る白夜に、東矢は八の字の眉をさらに下げて首を振る。 「学校は里にはないのか」 「集落には俺くらいの歳の人間が行く学校はないよ」 「……あの里の外には、俺は契約に縛られて出ることができない」 「なんで白夜がついてくるのさ」 「伴侶だからだ」 「……とにかく、俺帰るからね」 「ならぬ」  ならぬならぬの一点張りに、気の長い東矢もうんざりしてきた。思い通りにいかない白夜も苛立ったように尾を芝生に叩きつけている。 「じゃあ訊くけど、例えば俺がここにいるとして俺は何をすればいいの?」 「俺の傍に居れば良い」 「それ以外は?」 「片時も離れず俺の傍に居れば良いのだ」 「――白夜は何すんの」 「次期守り人として役目を果たす」 「――で、俺は?」 「俺を愛す」 (だめだ、こりゃ)  東矢の頬に手を添えて、甘く微笑む白夜のなんたる美しさ。誰よりも良い声で囁く声音の蕩けそうなことよ。東矢は半眼で残念なイケメンを見やった。 「あのね、白夜には白夜の世界があるように、俺にだって昨日まで生きて来た世界があるの。そんな簡単に捨てられるものなんかじゃないんだよ」 「東矢はいずれこちらで暮らすことになるのだ。遅いか早いかの違いよ」 「~~! んな勝手なわがままが通るかっ!」  ――キューン……!  突然の耳をつんざくような怒声に、怒鳴られた白夜だけでなくなぜか狐神までもが全身をカチコチに固める。石像のように姿勢良く固まる夫と子の傍で、狼神だけがニヤニヤと笑いながら話の行方を見守っていた。 「あのね、昔白夜にしたことは、知らなかったこととはいえ、確かに俺にも責任があると思うよ。だからきちんと向き合う気でいるけど、だったら白夜だってこっちの言い分も聞きなよ! 昨日までいた世界を捨てて急に違う世界なんて、白夜だって急に人間として生きろって言われたら無理でしょ!?」 「――東矢のためとあれば……」 「俺は無理っ!」  ――キューン…… 「白夜の気持ちは分かったし、昨日約束した通りこれからの五年間、お前のことを毎日考えてみるよ。それが責任だと思うし。同じようにこっちの世界のことも考える。だから慣れる時間くらいくれたっていいじゃないか!」  愛しい人の怒気にピンと天を向いていた尾は、東矢がひとつ叱責するたびにくるくると丸まって、ついには尻の下に隠されている。狐神の尾も尻の下。百人いれば百人が美しいと褒めちぎるであろう男二人が形無しだ。背が高く、眉が八の字に下がっているくらいしか特徴を持たない凡人に、次代守り人――となぜか当代守り人が言い負かされてしょげている。次代守り人に至っては、子どもの頃の弱弱しい鳴き声が押し殺せずに漏れている始末。滅多に拝めない光景に、母である狼神は破顔し大声で笑い出した。つられるように、奥に控えていた昔からの侍従も堪らず口に手を当てて噴出している。 「アッハッハ! あー、おかしい。次代を叱り飛ばすとは、人間のくせにやりおる」 「あ、……すみません」 「いや、良い。そこの馬鹿息子はお前のことが愛しくてならぬのだ。それは分かってやれ」 「――はい」  胡坐を崩して片膝を立てた狼神は、男前に猪口を煽った。陽の気が強い狼神は、立派な体に見合った太い声帯で声も動きも大きい。東矢の勢いなど簡単に削ぎ、あっという間にこの場の支配者となる。 「白夜、しゃんとせぬか情けない」  母親に叱られた白夜の尾が伸びる。それを見て、長年一家に仕えている侍従たちはさらに笑みを深めた。 「そこな人間の話を聞いておったのか。お前とともに生きることは納得しておるのだ。待てば良かろう」 「え」 「違うのか? お前の口振りは、白夜の伴侶であることに異存はないが少し時間が欲しいと、そういったものであったように思うが」  多分にからかいを含んだ眼差しを送られ、東矢は自分の胸に手を当てた。確かに、白夜の隣にいることを納得している自分がいる。白夜に対して感情がないと言いながらも、東矢の魂はすでに拠り所を定めているらしかった。 「人は理由付けをしたがるもの。本能に従えば良いものを複雑なものよ」 「東矢?」 「……」  俯いた東矢の肩を、心配そうに白夜がそっと撫でる。たった今まで東矢に叱られてしょんぼりしていたくせに、東矢の感情ひとつひとつに反応して様子を窺う、この大人と子どもの中間にいる獣耳と尾を持つ男を、可愛いと、そういう意味で愛おしいと思う気持ちは本物だ。嘘偽りのない茶色い瞳は、東矢を思いやる気持ちと、東矢がどこかに行ってしまうかも知れない不安で揺れている。 「あと三年半したら、ここに来るよ」 「東矢」 「大学だけはきちんと出たいんだ。俺が大学に行くために、俺はもちろんだけど、じいちゃんや父ちゃんも無理してくれたんだ。お前が俺のために立派な屋敷を建ててくれたのと同じ。だから」 「東矢……」  白夜の瞳は揺れている。本当は一時も離れたくない。しかし、東矢が譲歩していることも分かる。折り合いのつかない心は見つめる東矢にも正確に伝わった。  幼いふたりに助け舟を出したのは、狼神だった。 「人の子よ。人間には定期的に休暇があると聞いておる。その大学とやらが休みの時にはこちらで過ごせば良い」 「え?」 「大学は里の外だと言ったな。我々の力は里の外には及ばぬゆえ、その地の主に話を通しておこう」 「それが折衷案であろうな」  狐神も頷き、こうして始まったふたりの週末婚は、約束通りそれから三年半続いた。      ◇  この三年間で東矢の生活は変わらぬようで大きく変わっていた。月曜日から金曜日までは大学で講義を受ける。アルバイトは辞めた。中途半端なことが大嫌いな祖父に言われたこともあるが、東矢も自分で無理だと悟ったのだ。  白夜の両親である守り人とこの地の主とやらがどのような言を交わしているのか。あの日の狼神の提案は、しっかりすぎるほどに履行されている。  あれから東矢は、毎週金曜日の日暮れと同時に守り人の社に飛ばされるようになった。その場からの瞬間移動などではなく、毎度どこからともなく突如として現れる狛犬を具現化させたような大きな獣に後ろ襟を咥えられて、踵を引き摺るように、まずは大学裏の神社に連れて行かれる。そこの劣化して元が何の形だったのかさえも分からない膝高の石像の前で無遠慮に背中を押されてよろめけば、一瞬で山の中だ。  なんでもこの世界には、『境い目』と呼ばれる門が複数存在する。この石像然り、守り神様の本殿然り、守り人の住まう山と人間の暮らす社会を行き来するための目には見えない門がある。守り人の山も空間の狭間に存在するような空想的なものではなく、この日本の国のどこかに実在する山なのだそうだ。境い目のことを含め、あの日から東矢は多くのことを学んだ。  さて、その境目を使って、金曜日の日暮れから月曜日の明け方まで、東矢の意思など構うことなく彼の体は守り人の地へ送られる。試験前であろうが、学祭であろうが容赦ない。どこにいようと首根っこを掴まれ強制移動させられる。おかげで東矢の毎日は非常に濃いものになった。それまで当たり前に一週間は七日だったものが、四日半に変わり、そこに学業、交友、趣味、休息を詰め込んだ。アルバイトなんてしている余裕はない。  ちなみに、大学卒業と同時に次期守り神様の伴侶になるかもしれないことは家族にきちんと話してある。襖を取り払った座敷に二つ並べて置いた大家族用のこたつで、親戚の半分が鳩が豆鉄砲を食ったようにポカンとした面を晒す中、祖父やその兄弟たちはいち早く立ち直り、大いなる誉れだと東矢を褒め称えた。白夜はその場にいなかった。祖父母が腰を抜かしてしまうことを危惧しての配慮だったが、この分なら興奮のあまり倒れることを心配した方が正解だったかもしれない。 「え、信じてくれるの?」 「当たり前じゃろ。そんな罰当たりな嘘を東矢が吐くはずなかろう。ああ、なんとありがたい!」 「東矢はボーっとしておるが、心根の優しい子だからのお。おお、一族の誉れじゃ。わしゃもういつ死んでも良いぞ」 「え、おいちゃん、縁起でもないこと言わないでよ」 「あっはっは。そうじゃな。婿入りの姿を拝んでからにせんと。天国の祖母ちゃんに叱られちまう」  両親と弟、比較的若い世代の人間がおいてけぼりにされる中、年寄りどもは大いに盛り上がり、それは噂となって、恐るべき速さで集落中を駆け巡った。翌年に再び里帰りした時に誰からも白い目で見られなかったことを、東矢は奇跡だと思っている。田舎であればあるほど、得体の知れないものは嫌われるのだ。該当者には辛いそれが、自己防衛でもあることを集落育ちの東矢は知っている。東矢が差別を受けなかったのは、ひとえに守り神様を信仰する心が集落にまだ残っていたからに過ぎない。二十年後であればどうなっていたことか分からない。  ――ちり……ん 「――東矢、会いたかった」  今日も今日とて、狛犬に背中を遠慮なく鼻で小突かれてよろめく。一度文句を言ってやろうと、東矢は密かに決心しているもののいまだその機会はない。体勢を崩し足を捻りかけた東矢を正面から支えたのは、衣から花の香を漂わせる白夜だ。  白夜はあの日よりもさらに精悍さを増していた。身長も伸び、獣化した時の全長は東矢を越した。季節とともに子どもっぽさを削ぎ落していく白夜は、もう数年もすれば見た目の変化は止まるのだと言う。そして、緩やかに再開されるのは生を終える時だ。  ぎゅうぎゅうに抱きしめられながら、東矢は迷うことなく白夜の背に腕をまわす。東矢の首筋に鼻を埋めて匂いを嗅ぐ白夜が満足するまで、暫くはこのままだ。 「――行こう」 「うん」  抱いていた腕を膝裏に移動させて、白夜が東矢を横抱きにする。地面から足の離れた東矢は、とっさに体を安定させるべく白夜の首に腕を伸ばし、だけどその肩口に顔を隠す。白夜は東矢の恥じらう表情を見るのが好きだった。だから何度やめろと言われても恍けたふりをして繰り返す。  長身の部類に入る東矢を軽々と抱えた白夜は、東矢の頭から視線を上げると、ふたつみっつの予備動作で空へと跳んだ。日が沈んだ空を影が跳ねる。この時に感じるひんやりと冷たい風にも、だからこそ余計に際立つ白夜に抱かれている場所から感じる温もりにも、慣れた。それが平気かと問われれば、迷わず否だ。  屋敷に着くとすかさず、狸の血をひく侍女が茶と草団子を盆ごと置いて下がっていく。そこからはふたりの世界だ。獣化した白夜の毛繕いを手伝ってやることもあれば、ひたすら白夜に口づけを落とされる日もある。顔中に口づけるくせに、唇にだけは決して触れようとしない。指の腹で何度も往復されて、東矢はそれをひどく意識してしまう。東矢のためにと準備されている衣は全て和服で、時折新調のために客が来ることもある。始めは着物に抵抗があった東矢も、揃いの帯や根付を殊の外白夜が喜ぶ(本人は隠しているようだが、尾が揺れる)ものだから、今では着付けだって覚えた。 「東矢は何をしていた?」 「ふふ。いつも通りだよ。大学行って。ああ、じいちゃんから米が届いたんだけどいつものごとく大量でさ、大学持って行って友だちに分けたんだ」 「そうか。俺のことは考えたか?」  表情は変わらぬまま、庭に面した廊下に腰かける白夜の尾がそわそわと揺れる。白夜にとって大切なのはこちらなのだ。東矢は気づかないふりをして、白夜の肩に頭を預けた。 「うん。考えたよ。いつも考えてる」  途端にぶんぶんと暴れ出す尾に東矢は笑う。クスクスと震わす振動は白夜にも伝わるが、いくら笑われようともこればかりは仕方ない。 「――困ったものだ」 「ふふ。俺はそういうの好きだけどね」 「え?」  白夜の背の後ろにごろりと転がった東矢が、動きを止めたふさふさの尾を胸に抱き仰向ける。目を閉じれば、より夜を感じることができた。  耳の良い白夜には正確に伝わったはず。だから言い直してやることはしない。白夜も東矢にその気がないことを悟るや、白い月に眼差しを戻す。月に照らされた彫の濃い顔(かんばせ)はただただ美しい。 「――きれいだね」 「あぁ」  東矢の婚約者は、どんな芸能人よりも綺麗だ。近頃はテレビを観てもそんなことばかり思う。もふもふの耳とふさふさの尾は摩訶不思議だけれど可愛い。獣化した姿はその迫力に圧倒されそうになるけれど、決して東矢に牙を剥かない優しい獣なのだと知っている。少し固い言葉遣いは、威厳を出すために東矢と出逢った翌日から練習を始めたのだと狸姉さんに聞いた。たまに無理をしているのがバレバレになっているのだけれど、一生気づかないふりを通してやろうと思っている。  東矢の婚約者は、東矢を中心に地球を回す。かっこいいと思われたいと努力する姿は、本人には申し訳ないけれどとても可愛い。年下であることを気にして背伸びする姿も、本人に言ったら傷つけるから絶対に口外しないけれどもやっぱり可愛い。亭主関白を気取りたいようだけれども、七歳の差はまだ埋まらない。 「白夜」 「なんだ」  呼んだっきり返事を返さない東矢を訝しげに振り返る。同時に動いた尾が、東矢の腕からすり抜けてしまった。見つめ合うこと暫し。白夜の瞳は出逢ったあの時から変わらずに澄んでいる。見つめる東矢の耳の横に肘をつき、体を屈ませた白夜に合わせて東矢もゆっくりと瞼を閉じる。ほんの数センチ、頭の位置を移動させて。  ――ちりん……  しっとりと初めて重なる唇に、想いも重なっていく。頬や首筋を這う唇を犬猫に舐められているようだと思っていたものが、意味を成すようになったのはいつからだろう。僅かな隙間を開けて離れた熱に、薄眼を開いて次をねだる。角度を変えてまたゆっくりと重なる。――キスに変わったのはいつからだろう。 「東矢、愛している」 「うん、俺も」 「え?」  婚約者は伴侶に変わる。その確信が東矢にはあった。  ――ちり……ん  肘を伸ばして、『信じられない』と目を丸くする白夜の耳を親指の腹でゆっくりと撫でる。さらに驚いて上半身を起こした白夜に、東矢はふんわりと微笑んだ。素朴で花はないけれど、魂が大きくて白夜を癒してくれる大切な笑顔だ。つられるように、けれども東矢よりも何倍も喜んだ白夜は眩いばかりの笑みを浮かべて愛しい伴侶へのしかかった。  深い深い口づけを、侍従たちはこっそりと見守り、にんまりと微笑んでいた。
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