百年の恋も冷める出会い

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「え」    答えは予想外のものだった。  半分人間だといわれて驚きと同時に安堵がわずかに訪れる。  だけど、どこか中途半端な変貌に戸惑いを隠せないでもいた。  黒天狗は瓶子(へいし)の注ぎ口を唇にあて、酒を流しこんだ。 「わかったか。人間である以上は連れて行けんのだ」  黒天狗は素っ気なく言い放つ。  鬼の棲まう黒羽山に人は入れない。  それは掟でもあり、物理的な意味合いでもある。  黒羽山は瘴気が濃い。足を踏み入れれば凶事を招くとされており、数年前に陰陽師からの進言を受けて帝が入山を禁じた。  実際、ひとたび迷いこめば、山を覆う深い霧に視界を奪われてしまい、気づけば麓に戻される。麓には昼夜問わず濃い霧が手をこまねくように漂っていた。   鬼の餌食となってしまったのか、恐れ知らずにも入山を試みたものの多くは消息を絶っている。幸運にも無事に戻ってきたものは、その後、全員が自殺を図った。  黒羽山に踏みこんだ人間は無事でいられない。  黒天狗は暗にそう告げているのだろう。  もちろん怖くないと言えば嘘になる。  だけど残されても困る。ここに来るまでも何人かに、この不気味な姿をみられてしまった。悲鳴をあげて逃げて行ったから今ごろは朝廷に助けを求めているに違いない。きっと明日には、名のある陰陽師が白夜を退治しにやってくるだろう。  ここに残っても未来はない。  だから恐れを振り切って白夜は叫んだ。 「で、でも! 半分はあやかしなんだろ⁉ だったら――」 「やめておけ。おまえからは人間の匂いがプンプンとするからな。しかも甘くて濃い、食欲をそそる瘴気の匂いまでする」    唇の片端が上を向く。  まるで舌なめずりでもしそうに、向けられた視線も声も欲を孕む。  それは黒天狗にとっても白夜が獲物になりえることを示唆していた。 白夜はきゅっと唇を噛みしめる。 「脅しても無駄だよ。絶対について行くから」  鬼に喰われるのも怖いし、退治されるのも嫌だ。  だけど都には白夜の味方が誰もいない。  黒羽山には同じあやかしがいるのだ。  敵は多いだろうが、探せば味方ができるかも。  こうなった以上、最善なのは黒天狗に保護してもらうことだ。  なんといっても彼は黒羽山の主なんだから、庇護下に置いてもらえれば身は守れるはずだ。   「お願い。他に頼れる人がいないんだ。見たとおり未熟だし、ここに残っても殺されちゃうよ。だから連れて行って。俺のこと守って欲しい」  「面白いことをいう。おまえを守ったところで俺になんの利益(メリット)があるんだ」 「利益(メリット)?」  「妖気も扱えんクソ餓鬼に、なんの価値がある」    値踏みするような目を向けて酒をくいっと煽る。  白夜はぐっと押し黙った。  これは痛いところを突かれてしまった。  黒天狗のいうことはもっともだ。  人間だって共に生活するなら、家事や仕事など生活に見合った対価を要求される。  必死の思いで保護を願い出たものの、いくら考えても己の価値を見いだせない。  困り果てた白夜は唯一の取り柄を口にした。 「俺、農家だったんです。だから――」 「俺が人間と同じ物を食うとでも思うのか」 「見た目は人間だし……」 「見た目だけだろうが。あやかしに人間と同じ食い物は必要ない」 「じゃあ、何を食べるの?」 「瘴気だ」 「瘴気?」  聞き慣れない言葉に首を傾げる。  白夜にとっては何ソレ美味しいの? 状態だ。 「ええと。その瘴気っていうのは、どこにあるんですか?」    取ってこれるものなら取ってくるけど。  白夜はどこぞの木に妖気を含む果実が鈴なりになっているのを切に願った。   「ここにある。いうなれば瘴気は人間が生みだす負の感情だ。俺はそれを取りこんで妖気とする。聞こえるか、人間どもの嘆きや恨みが。じつに美味な感情よ」    黒天狗は盃に酒を注ぎ、うっとりとした眼差しを暗雲とした空へ向ける。  心地よさそうに酒をくゆらせるさまに、白夜は顔をひそめた。   (なんか不気味……)    念のため、白夜にもそういった感情が芽生えるのか試してみる。  目を閉じ、耳をそば立てた。  しかし、ぎゃぎゃぎゃ、といった鬼の声が聞こえるだけで他には何も聞こえてこない。むしろ耳障りな鬼の鳴き声に不快感が募った。  だからパチリと目をあけ、   「いや、全然」  きっぱりと言い放った。  黒天狗は酒を掲げる手を止め、ひくりと口もとを引きつらせる。   「せっかくの宵に水を差すな!」 「そんなこといわれても。聞こえないものは聞こえないし」 「クソ餓鬼が。これだから半妖は!」 「仕方ないじゃん! こうなっちゃったんだから!」  バカにした物言いにムキになって言い返すと、牛車から身を乗りだした黒天狗が白夜に向かって酒杯を投げつけた。 「いい度胸だ。他の鬼に殺される前に俺が殺してやる!」  すこーんと酒杯が額に激突し、白夜は「あうッ!」と仰け反り、額を押さえてうずくまる。   (くっそ! 短気なこと忘れてたっ! 性格悪すぎでしょ! いいのは顔だけだっ!)  内心で毒づきながら、白夜は肩をすぼめてぼそぼそと声をだす。   「嫌です、嘘です。ごめんなさい。聞こえないけど聞こえたことにする……」  黒天狗はふんと鼻を鳴らした。   「とにかく俺は瘴気を糧とし妖気を得る」 「うん」 「しかし俺は他のあやかしから直接妖気を食うこともできる。妖力を得るには、それが一番手っ取り早いからな」 「うん、それで?」 「あたまの悪いクソ餓鬼だ」  渋面を浮かべた黒天狗に、白夜は口を尖らせる。 「クソ餓鬼クソ餓鬼ってうるさいな! 俺の名前は白夜っていうの!」 「名を述べたところでクソ餓鬼に変わらんではないか」 「口が悪い! いや、口も悪い! で、結局何がいいたいのさ!」    ぷうっとむくれていると、はん、とせせら笑った黒天狗は得意げにいってのけた。 「おまえが俺に妖気を提供するなら、山へ連れて行ってやる」
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