百年の恋も冷める出会い

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 前向きな検討に一瞬、心が晴れ渡る。  しかし、すぐに青ざめた。 「ええええっ! それ大丈夫なの? 死んだりしない?」 「少しもらうだけだ。死にはせん。しばらくすれば、おまえの妖気も元に戻るしな」 「そ、そうなの? 本当に?」 「おまえがどういった死を迎えたのか知らんが、おそらく自身か身近なところに負の感情が渦巻いていたのだろう。それを糧として半妖へ生まれ変わったのだ。ゆえに、おまえからは瘴気が溢れている。自給自足が可能な体だとでも思っておけ」 「なるほど……」 「おまえがいれば定期的に妖気を摂取できるからな、もちろん命も守ってやる」  正直、いまいち理解が追いついていなかった。  とにかく一時的に妖気を失っても、勝手に回復するから大丈夫ってことだろう。  鬼じゃないから人間を食うこともできないし、かといって瘴気の「声」も聞き取れない。あやかしにとってのご飯が瘴気なら、今後どうしたらいいのか不安に思っていたところだ。白夜はほっと胸を撫で下ろした。    「わかった。でも、どうやって提供するの?」 「教えてやる。こっちへこい」  黒天狗はくつろいだ格好のまま、クイッと人差し指を動かす。  白夜はしぶしぶ牛車に近づき、腰ほどの高さがある台へよいしょと足をかけた。    (ながえ)を引く天狗は牛車を傾けるどころか踏み台すら出してくれない。  背中に立派な翼が生えているので、何か用件があれば飛ぶのだろう。視線を転じてみても、ふよふよと浮かんでいる鬼が多かった。  どうも踏み台が必要なのは白夜だけらしい。  歳のわりに身長の低い白夜には、つま先を引っかけるだけで精一杯だというのに、なんとも不親切でありがたいことだ。   「ふんっ」    農民だったとはいえ、飢え死にするほど痩せ細っていた白夜には筋力がない。  つま先を引っかけたまま、体を持ち上げられずにバタバタする。  黒天狗はそんな白夜を呆れたように見つめ、せせら笑った。   (意地悪っ!)    白夜はむうっと頬をふくらませる。  すまし顔で瓶子を煽る黒天狗を睨みつけ「ふんっ」とか「うぐぐっ」などと気合いを入れて格闘していると、不意にふわりと体が浮き上がった。   「うわっ、えっ?」    みれば、背中から生えた黒煙が腰に巻きついている。黒煙は台座と同じ高さまで白夜を持ち上げ、ストンと下ろしてくれた。   「わあ。ありがとう!」    返事はない。けれど喜んでいるようにクネクネと動きまわる。  それを見た黒天狗は面白くなさそうに鼻をならした。  簾をくぐると独特の酒気が鼻をつく。果実酒だろうか、むわりと立ちこめる酒気に瑞々しくも甘い香りが混じっている。空気が濃い。ここにいるだけで酔ってしまいそうだ。  白夜はくらりとした目眩を覚えながら黒天狗の正面にちょこんと座った。  紫の瞳と目が合う。妖しい輝きがじっと白夜を見つめている。近づいてみると端正な貌立ちがいっそう際だってみえ、相手は男だというのに妙にドキドキしてしまった。  照れ隠しに視線を逸らした白夜に、黒天狗はニヤリと笑う。   「……なに?」  顔が火照っている。バカにされてはたまらないと、やや不機嫌に問いかけた。  そこへ、ちょいちょいと人差し指が動く。  どうやら、もっと近寄れということらしい。 「……?」  座った姿勢のまま、膝を交互に動かして少しだけ距離を詰めた。  また、指が動く。まだ距離が足りないらしい。白夜は小難しい顔を浮かべ、さらに近づいた。また、指が動く。   「――もっと?」 「もっとだな」    ついさっきまで機嫌が悪そうだったのに、瞳には愉快そうな色が滲む。  声までも笑いをこらえているように思えた。   「いったい、なんなん――」    なんだか弄ばれてる空気を感じ、眉間のしわを深めた時だった。  伸びた指にあごを掬われ、ついっと顔を引き寄せられた。かと思えば柔らかなものが唇に重なった。   「……んっ⁉」  琥珀色の瞳が大きく見開かれる。  一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
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