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目を覚ました時、やおら真剣な顔をした白夜が居住まいを正してそばにいた。
「――どうした」
背筋を伸ばして座し、真剣な眼差しを向ける白夜に心臓が不安な音を立てる。
「昨日はすみませんでした!」
「は?」
「泣いたりしてビックリしたよね。でも急なことで驚いただけだから。もしお館様がまた……ああいうことをしたいっていうなら、俺」
ぎゅっと袴を握りしめた白夜は一度視線を切って床に落とすと、思い切ったように顔を上げた。
「今度はちゃんと受けて立つから!」
「……はっ」
くくくと声がもれる。
受けて立つとは何ごとか。おそらく白夜はあれがまぐわいの一種だと思っていないのだろう。あくまでも遊びに負けた「罰」なのだと思っているに違いない。
それは黒天狗に安堵をもたらしつつも、ぽかりと心に穴をあける。
「だから怒らないで」
不安そうな目を向ける白夜に、黒天狗はふっと息を吐いた。
「怒ってなどおらん」
「ほんと?」
「ああ。昨日はやり過ぎた。もう二度とせんから心配するな」
そういってやると、白夜はほっと肩の力を抜いて笑みを浮かべた。
「よかった」
――よかった。
つきっと心に棘が刺さる。しかし顔にはださずに留めた。
「じゃあ、朝食作ってくるね!」
「ああ。今日も美味いものを頼むぞ」
「うん! 任せて。最近メキメキ料理の腕が上達してる気がするんだよね。今日は新しい料理を考えてあるんだ。楽しみにしてて」
朗らかな声でいって白夜はすくりと立ち上がり、廊下を駆けていった。
その後ろ姿をみやり、襖の奥から玉藻が姿を現す。
「……お館様ったら」
「何もいうな」
黒天狗は深く息をつき、くしゃりと髪を掻き乱す。
「ですがそのままではお体に触るのでは?」
「心配はいらん」
「白夜の妖気は濃いです。毎晩まぐわって発散できないのでは……」
「要らぬ心配はするなといっておるだろうが」
だが、いったそばからぽつりと鼻から血が垂れた。
玉藻の顔がさっと青ざめる。
「お館様!」
「たいしたことはない」
指先で拭い取り、黒天狗は立ち上がる。
「血が滞っておられるのです。そのままではいけません!」
「仕方あるまい。白夜には……まだはやい」
「――でしたら、いつでもわたしをお呼びください。お館様のお体を考えるのもわたしの務めです」
「おまえはもう行け。白夜ひとりに任せる気か」
「……よろしいですか、決して無理はなさりませんように」
不安げな顔で黒天狗を一瞥した玉藻はほうっと息をつき、白夜のあとを追いかけていった。
ぽたり、とまた鼻から血が垂れる。
血が滞るからなんだ。そんなもの鬼の餌にしてくれる。
くらりとした目眩を感じながら黒天狗は部屋をでる。
度重なるまぐわいで発散しているのは白夜のみ。
だがそれでいい。白夜を愛でれば黒天狗もまた幸福感に満たされる。今はまだその先を求められなくても、白夜がそばにいればそれで。
しかし、体調は思いのほか悪くなっているようだった。
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