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訓練は続いている。はじめ同じ高さだった柱は高低差がつき、芝生を挟む左右の岸壁からも柱が飛び出るようになった。横から飛びだす柱を粉砕、または躱しつつ、最終到着地点へ向かわなくてはならない。
それを達成すると、今度は壊す柱は三本までと定められた。
一気に難易度が上がってしまい、達成するのにひと月を要した。
次は攻撃の訓練。
ハラハラと舞う木の葉が弓の的へ変化し、黒姫が貫く。軽い木の葉は風に流れるため、妖気を探知しても的を外すことが多い。跳躍の訓練よりも集中力が必要だった。
次第に的は変わる。大きなものから小さなものへ。ゆったりとした動きから俊敏なものへ。それはハヤブサやツバメだったり、岸壁を跳ね回る毛玉みたいな鬼だったり。
毛玉を模した鬼は攻撃力こそ皆無に等しいが、俊敏さでは上級クラス。あれを捉えるのは本当に苦労した。
はやくも訓練をはじめてから数ヶ月が経とうとしていた。
その間に行われた百鬼夜行は十を超え、多い時は月に四回、少ないときでも二回は都を訪れている。
聞くところによれば、あわわの辻に自然とひらく入り口は多くても月に一回なんだそうだ。黒天狗はなんらかの手法でそれを無理やりこじ開けている。でなければ、これほど頻回に行くことは不可能だ。
「前は数ヶ月に一度だったのにねえ」
「最近、多いよねえ」
「多いねえ」
いつだったか、そうぼやくハクたちの会話を耳にした。
黒天狗のぶんは毎晩のように白夜が与えているのに、どうして増えたのだろう。白夜は首を傾げつつも、牛車に乗り込む黒天狗を不安そうな顔で見送り続けた。
出立時、黒天狗はあまり多くの鬼を引き連れない。
いつもいるのは玉藻と数名の天狗、そして十ほどのあやかし。それが帰ってきた時には数百にもなる鬼の群れになっているのだから、はじめてみた時はあごが外れそうなほど驚いた。
都にはいったいどれだけの鬼が潜んでいるのか。
黒天狗の行いを知ったら、目の敵にしている陰陽師たちも五体投地で感謝するはずだ。見送る時は不安でも、戻ってきた黒天狗をみるといつも誇らしく思えた。
何はともあれ毎度のこと黒天狗も玉藻も無事に戻ってきているので、それほど心配は要らなかったのかもしれない。
だけど少し困っていることもある。
百鬼夜行で活力を得たのはわかる。溢れんばかりの妖気が興奮剤になるのか。はたまた離れていた寂しさからか。
戻ってきた黒天狗は必ず白夜を求めた。
それも必ず二度三度。百鬼夜行が終わった後に一度で終わったためしはない。休憩もしないで行うものだから、絶え間ない快楽の波と耳を打つ甘い言葉に毎度のこと心臓が壊れそうになってしまう。
けれど、そんな夜でさえ黒天狗は冷静を取り戻すのが早い。
そして必ず一言つけ足すのだ。「玉藻を呼んでこい」と。そのあと、しばらく黒天狗は自室に戻る。小一時間ほどすると戻ってくるのだが、これは頻回に都を訪れるようになってから毎度の流れとなっていた。
白夜は百鬼夜行に参加できないので、詳しいことはわからない。黒天狗は陰陽師に対する懸念を口にしても、多くは語らないから。はじめはよく知る玉藻と鬼の統括や陰陽師に関する作戦でも練っているのかと思った。
だけどいつからか「またですか……」と嘆息をつく玉藻に、謂れのない不安を覚えるようになった。また、ということは同じことを繰り返しているのだ。そして玉藻はウンザリしている。
料理はべつとして理知的な玉藻が、重要な事柄を軽視するはずはなかった。
もしかして陰陽師とは関係ないのかもしれない。じゃあ、いったいなんなのか。
黒天狗の部屋に吸い込まれて行く玉藻の後ろ姿を見ながら、ここ最近そういった小さな不安が胸に芽生えだしていた。
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