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今宵もまた、白夜は黒天狗の帰りを待っている。訓練を終えて牛車が現れる入り口を目指し、ハクたちと山を駆けていた。
深い闇の静寂に白夜と並行して走る複数の影がある。その数、軽く二十以上。
ハクたちは素早く木の上に飛び上がる。手出し無用とわかっているからだ。
白夜はすっと目を細め、小さく唇を動かす。
「黒姫」
白夜の背後から黒い影が幾重にも伸びる。
幅は刀と同じくらいで一本一本が帯のように長く、先端は鋭利に尖っていた。それは岩をも貫く鋼鉄さを兼ね備える。
並走する影が牙を剥いて襲いかかった。太い首から伸びた頭部は三つ。女と男、そしてまた女。それぞれに赤、青、緑の瞳を持つが、躯体は牛そのもの。大きいわりに俊敏で瞳にとらわれると幻覚と麻痺、石化を余儀なくされる。
白夜は敵に目を向けず、ただ前方みつめて駆け抜けた。
妖気感知で場所を特定し、黒姫を向かわせる。黒姫は木々の間を縫うようにして移動し、鬼が白夜のもとへ到達するよりはやく刃を向ける。
コツは三つの顔を同時に射貫くこと。黒姫は白夜が感じる気配をもとに矛先を変え、貫く瞬間にはどの角度から狙うべきなのか独自に判断を下す。自我をもつ黒姫だからこそ成し得る業だ。
――ぎゃあッ!
あちこちから立て続けに断末魔が鳴り響く。
結局、二十以上もいた鬼の牙が白夜に届くことはなかった。
「白夜、強くなったねえ」
「強いねえ」
「お館様も喜ぶねえ」
ピョンピョンと木を飛び越えながらハクたちは笑い合う。
白夜は軽く地を蹴ってハクたちと肩を並べた。
細い木々の先端をつま先でかすめ、枝を揺らして飛び移る。山全体を足もとに、視界のひらけた夜空には白い上弦の月が輝いていた。
「ハクたちのおかげだね。ありがとう」
吹き抜ける風が白夜を煽り、一つに結った艶やかな茶色の髪を揺らす。あたまに被った淡い桃色の被衣がふわりと舞い、危うく飛んでいきそうになったので「おっと」と唇で軽く押さえた。
美しい水色の水干をはためかせる白夜に、ハクたちは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「白夜、頑張ったもんねえ」
「頑張ったあ」
「強くしたご褒美欲しいー」
「お館様がいいっていったらね」
口を尖らせる白梅に白夜は苦笑をもらした。
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