陰陽師との衝突

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陰陽師との衝突

「なにこれ、どういうこと」  到着した白夜は愕然としてつぶやく。  百鬼夜行の帰宅時間に決まりはない。入り口がひらく時間すらまちまちなので、早めに戻ることもあれば朝方までかかることも。  白夜はいつも早めに戻ることを想定して待っている。だから今日も帰宅時間にはまだ余裕があるはずだった。  それなのに白夜が到着した時にはもう、あわわの辻を結ぶ入り口からバラバラと鬼たちが現れていた。それも蜂の巣をつついたような勢いで飛びだしてくる。   「いったい何が……」  白夜は騒然とする現場に埋もれ、慌ててまわりを見渡す。  あやかしや鬼が悲鳴じみた、または怒っているような叫びをあげて散り散りに姿を消してゆく。けれど牛車は見当たらない。  その代わり、入り口近くに横たわる白装束を見つけた。  雪崩こんでくる鬼たちの影で隠れていたが――。 「……玉藻っ!」 「玉藻さまあっ!」  白夜は一目散に駆けだした。鬼たちの様子に戸惑っていたハクたちもハッとしたように振り返る。  慌てて駆け寄った白夜は玉藻のあたまを抱きしめて言葉を失う。  玉藻は目を閉ざし、ぐったりとしていた。背中に大きな傷がある。  肩から腰にかけて斜めに入った傷が純白の衣を真っ赤に染め上げ、銀色の髪までも濡らしている。死という言葉が脳裏をよぎり、おもわず息を飲んだ。 「しっかりして、玉藻!」  ドクドクと心臓がうるさい。  不安で胸がひしゃげてしまいそうだった。 「何があったの、お館様はどこ!」  玉藻を抱きしめる白夜の衣にも赤い染みが滲みだす。それほどに出血が多かった。  睫毛をふるわせ、綺麗な額にびっしょりと汗をかきながら、玉藻がわずかに唇を動かす。  しかし声はでない。    白夜は真っ白になったあたまで、ただただ玉藻を抱きしめる。何かしたいのにできなくて、もどかしさに涙があふれた。 「どうすればいいの……」  誰か助けて、と心で叫ぶ。  絶望の淵でぽつりとこぼれた言葉にハクの耳がピクリと反応した。 「妖気があれば治るう!」 「でもお館様がいないとダメえ」 「お館様いなあい。うわあん」 「妖気……」  そうだ、白夜の傷も黒天狗が治してくれた。  今でも傷口から、そして口づけから流れてきた妖気を覚えている。 (――俺にもできるかもしれない)  白夜の妖気はあやかしにとって餌となる。  半妖である白夜の体には人間の生みだす瘴気が残っているからだ。  瘴気は妖気となり、あやかしを活性化させる。  今では違う思惑のほうが大きいようだけど、もとはといえば黒天狗が白夜をそばに置いた理由もそこにある。  白夜は玉藻の顔を軽く引き寄せ、そっと唇を重ね合わせる。  少しだけひんやりとした唇に恐怖が募ったが、白夜の体温を乗せて必死に温めようとした。  妖気の与えかたなんて知らない。  いくつもの交わりの中で体を重ねる必要があるのは理解している。  だけどあれは、白夜が意図的に妖気を手渡しているわけではない。黒天狗が白夜に与えたように、何か思い通りに受け渡す方法があるはずだ。  白夜は黒姫を思い描く。黒姫は妖気を具現化した武器だ。  自我を持つので白夜自身が「放った」感覚はいつもないけど、あれも妖気を放出していることに変わりはない。  的を射貫く訓練の時、もっとも大事だったのはイメージだ。白夜は目をつぶり、意識を集中する。やわらかなものでいい。暖かな陽差しを浴びる小川のように、ゆっくりと穏やかに。  白夜は体の中心で一塊となった妖気が唇を伝って玉藻へ流れだすのをイメージする。攻撃するほど強くなくていい。入り口は唇。少しずつ、少しずつ。  こぽこぽと湧きだす泉が玉藻という器に貯まり、温まっていく。  血の気を失った唇が赤みを取り戻し、ぱっくりとあいた傷口が幅を狭めはじめた。 「白夜あ! うまくいってる! 頑張ってえ!」  そばで大粒の涙を浮かべたハクたちが顔を輝かせる。  抱きしめた玉藻の体が熱を帯び、歓んでいた。そして、もっともっと、と求めてくる。  白夜は口づけを深める。唇を押し開き、一分の隙もないほど密着させて大量の妖気を流しこむ。静かだった玉藻の心臓がとくとくと音を刻んでいるのが衣を通して伝わる。白夜は膝の上に乗せた玉藻の体をきつく抱きしめる。弱々しかった命が息を吹き返しているのが嬉しくて、もっと近くで感じていたかった。  どれほどそうしていたのか。長かった気もするし、あっという間だった気もする。ふと頬に触れる指先の感覚に気づき、目をあけた。  薄くひらいた金色の(まなこ)が、暖かな眼差しを向けている。 「……玉藻」 「ありがとう、白夜」  よどみのない言葉で告げた玉藻が綺麗な微笑を浮かべる。  いつもと同じやわらかな眼差しに鷹揚とした声。額の汗もひき、顔色もよくなった。  あれほど衰弱していた玉藻が活力を取り戻したのだ。  嬉しさと安堵で胸がいっぱいになり、白夜は涙を浮かべた。
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