陰陽師との衝突

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 白夜が辻の入り口をくぐった時、目の前で鬼が一匹爆ぜた。紅い炎に包まれてボンッと消滅したのだ。  おそらく陰陽師の放つ術式によって消滅したのだろう。紅や蒼などあちこちで失敗作の花火のように散っていく。白夜はどこか幻想的にも感じられるこの光景を茫然と眺めて立ち尽くした。  あやかしや鬼の多くは黒天狗の計らいで先に逃げおおせている。残ったのは黒天狗と逃げ遅れた有象無象の鬼だけだ。  あわわの辻を皮切りとして始まった戦いは範囲を拡大しており、辻を挟む二条大路と大宮大路にも散り散りとなった鬼たちが火花を散らしていた。  鬼は祓われると跡形もなくなってしまうが、通りには狩衣を着た何人かが息絶え絶えに伏せっている。すでに事切れたものも多い中、苦しそうなうめき声があちこちから聞こえてきた。 「助け……」  白夜を人間(仲間)だと思ったのだろう。足もとで狩衣姿の男が瀕死の状態で手を伸ばす。男の体には(からす)の羽根のようなものが大量に突き刺っていた。 「あ……」  白夜は羽根だらけとなった手を取る。羽弁から鋭く突きでた羽柄が男の手のひらを貫き、白夜の手のひらをもかすめて軽い痛みを与えた。いくほどもしないうちに伸ばした手がするりと地に落ち、男は動かなくなった。  手中にある残りわずかな命が消えた時、白夜は息詰まるほどの苦しさを覚えた。現実を目の当たりにして、どれほど甘い考えでここに来てしまったのか気づいてしまったのだ。  白夜は黒天狗を助けにここまでやってきた。  半年もの間、黒羽山に住んで生活に馴染み、鍛錬を積んで一丁前にあやかしになった気でいた。黒天狗も玉藻もハクたちも今では大事な仲間だ。それどころか家族のような絆さえ感じている。  彼らの命が危ぶまれるというなら白夜も戦場に立つ。  そのつもりでやってきたのに、死んだ男に同情している自分がいる。哀しみ、憂いている自分がいる。人間を……敵だと認識できない。  鬼と人間。二つの死が白夜に与えた重みは明らかに異なる。いや、鬼は白夜にとっても敵だ。比べること自体が間違っている。  けれど黒天狗が戦っているのは人間なのだ。黒天狗を救うという大義名分を掲げれば、立ち向かうこともできる。そう、確信できる。きっと迷いなどあっという間に消えてしまうだろう。  でも今は、急にどちらに加勢すべきかわからなくなってしまってしまった。  動揺する白夜に気づかず、玉藻は鋭い眼差しを戦場に向ける。普段は優しい玉藻が足もとで息絶えた男のことなど気にも留めていなかった。   「いいですか。決して気を抜いてはいけませんよ」  いわれたそばから何かが飛んできた。  反射的に一歩引いた白夜の目の前を蒼く燃える札がかすめていく。  玉藻がシュッと腕を払うと奥にいた陰陽師の額に何かが突き刺さった。  よく見ればキンと硬くなった木の葉だ。陰陽師はドサリと倒れこむ。 「お館様を探さなくては」 「……あっちだよ」  骸から目を逸らし、白夜は歩みを進める。  通りを歩めば負傷したものたちが助けを求めてくる。路上に倒れこむ幾人もの眼差しが白夜を見ている気がした。  おまえは敵なのか、それとも味方なのか――と。  視線に耐えきれず、屋根まで飛び上がった。  そして一気に走りだす。こうしている間にも黒天狗に危険が迫っている。白夜はきゅっと唇を結び、揺れ動く思いを断ち切るように駆けた。  白夜は半妖となった。今さら人間に戻れるはずもないのだから仲間を優先すべきだ。そう強く心に抱いて表情を引き締める。  碁盤状に伸びた家屋の連なりを駆けていると都の端近くで三つの影を捉えた。一つは黒天狗、もう二つは陰陽師。黒天狗の姿を映した瞬間、安堵で胸がいっぱいとなり重く淀んでいた心が晴れやかとなる。  白夜は嬉々として叫んだ。 「……いた!」
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