陰陽師との衝突

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 確認するな否や、後方にいた玉藻が白夜を追い抜いた。 「お館様!」  玉藻の声に黒天狗は目を丸くして振り返る。いくつもの家屋を飛び越え、ぐんぐんと迫った玉藻は黒天狗の隣にふわりと降り立った。続いて白夜もトンと茅葺きを踏んで肩を並べる。   「お館様。無事でよか……」 「おまえっ、なぜここにいる!」    口をひらいた途端、黒天狗はカッと目をみひらき、白夜に向かって叫んだ。白夜は肩をすくめる。 「玉藻から話を聞いて……」 「玉藻! このバカがっ! 今すぐ白夜を連れて帰れ!」 「わたしは止めたのですよ。ですが聞く耳をもってくれなくて。まったく強情なところは誰に似たのでしょう。本当に困ったものです」  玉藻は頬に手を添え、小さな吐息をつく。咎めるような視線は見なかったことにしたらしい。黒天狗はぎろりと白夜をねめつけた。 「なぜ約束を破った! 愚か者が!」 「だって……心配だったんだもん」   白夜は理不尽に叱責された子供のように、不満げに言い募る。 「俺がやられるはずがなかろう!」  重ね重ね耳が痛いほどの大声で怒鳴られ、眉間にしわが寄った。  だってあの時は心配で仕方がなかった。陰陽師がどういった術を使うのかもわからないし、玉藻が傷つけられたことで恐怖が募った。  見れば傷一つないようだし、本当に問題なさそうだけど。ここに来たからやっと安堵できたのだ。黒羽山に残っていたら心配しすぎて胃の腑に穴があいていたかもしれないのに。 「それほど信用できんか!」 「そうじゃない! ただ心配だっただけだよ! そんなに怒ることないじゃん!」 「おまえが来たら俺のほうが心配になるだろう!」  ムキになって叫ぶと脳天にゴンっとこぶしが落ちた。 「痛っ! 何すんだよ、お館様のバカっ」 「言いつけを守らんおまえが悪い!」  ぎゃあぎゃあと言い合う二人を横目に玉藻はクスクスと笑い声をあげる。 「おまえもおまえだ。深手を負っていたのになぜ戻ってきた!」 「あら。心配は要りませんよ。ほら、みてくださいな」  玉藻はくるりとまわってみせる。純白の衣が弧を描き、背後にあった衣の裂け目から滑らかな肌がのぞいた。  黒天狗は瞠目する。あやかしである以上、妖気を吸収すれば傷は癒える。しかし、あれほどの傷を治すとなれば大量の妖気を必要とするはずだった。玉藻以下のあやかしでは無理だ。 「誰に……」 「ふふ、白夜に治してもらいました」 「なんだ、と」  黒天狗はわなわなと体をふるわせ、白夜を振りかぶる。白夜は頬をひきつらせた。  黒天狗のこめかみがピクピクと痙攣し、全身から紫色の妖気がぶわりと立ちこめる。地鳴りのような音が耳に届く。ただでさえ怒ると険悪な顔つきになるのに、怒髪天をついた黒天狗の顔はまさに般若。今にも頭からツノが生えてきそうだった。 「え、ちょっと待……」 「びゃあぁぁあくうぅぅうやぁああっ! この愚か者が! 玉藻なんぞに体を許しおって!!」  黒天狗がつかみかかる。白夜は必死に抵抗しながら喚いた。 「うわああっ、だって死にそうになってたから!」 「あんな古狐、放っておけばよいのだ!」 「まあっ、ひどい」  わざとらしく泣き真似をみせた玉藻に「おい」と横やりが入った。
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