陰陽師との衝突

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「俺たちのことを忘れられちゃ困るんだが」  声をかけたのは黒天狗と対峙していたうちの一人。  歳のころなら二十歳ほどか。日に焼けたような赤髪が精悍とした面構えに拍車をかけ、ぽりぽりと鼻をかく仕草からは愛嬌が見て取れた。  少々特異だったのは武官らしき出で立ちだったこと。  多くの陰陽師が水干や直衣を纏っているのに関わらず、動きやすそうな深緋の位襖(いおう)(おいかけ)の付いた巻纓冠(けいえいのかんむり)をかぶり、腰に太刀を携えている。  玉藻は唇に薄らと笑みを浮かべ、男に視線を流す。射貫くような眼差しには明らかな怒りと敵意が宿っていた。 「あらあなた、まだ生きていたのですか。しぶといこと」 「しぶといのが取り柄なんでね。しっかし、せっかく一泡吹かせてやったのにもう治してきたのかよ。やる気なくすぜ」 「そうでしょうねえ。あのようなことはもう二度と起こりませんよ。諦めて退散されてはいかがです?」  どうやら彼が玉藻に深手を負わせた張本人らしい。   「兼次(かねつぐ)がちゃんとトドメを刺さないからこうなる……」  ぼそっとつぶやいたのは烏帽子をかぶった陰陽師。白夜以上に身長が低く、顔にはどことなくあどけなさが残っている。  歳は白夜と同じかもっと下。全体的に控えめな物腰で、まるで表情筋が死んだような顔つきをしていた。覇気のない口調といい、冷めた眼差しといい。兼次と肩を並べると火と水。そういった印象を与える二人だ。 「うるせえな、冬吉(とうきち)。おまえも見てたじゃねーか。やろうとしたのに邪魔が入ったんだろうよ」  兼次(かねつぐ)と呼ばれた武官はぎりっと黒天狗をねめつける。  黒天狗は「はん」とせせら笑ってみせた。 「鍛錬不足……」 「あのねえ、冬吉ちゃん⁉ 俺は武官なんですよ! それを陰陽師の血族だからって、ひっきりなしに助力を依頼してくるからこうなるんでしょうが⁉」 「陰陽師の家柄に反発するのが悪い……」 「だって経を唱えるより刀振り回すほうが格好いいだろ!」 「よくわからない……」 「なら黙らっしゃい! それよりみろよ。九尾のほかにもう一匹加勢に来ちゃったじゃねーか。どうすんだよ」 「うん、蒼嶺(そうれい)様もいなくなっちゃったし、どうしようか。そっちは見ない顔だよね……新しい仲間、なのかな」  虚ろな目が白夜を捉える。どことなく眠そうで、言葉のわりに興味のなさそうな目だ。  彼にとってはあやかしはあやかし、それ以上でも以下でもないということなのだろう。  一方で兼次は値踏みするように白夜を見つめ、じっと見つめ、さらにじっと見つめて口をポカンとあけて惚けたのちに、つうっと鼻から血をだした。 「鼻血……でてるけど」  白夜がやや引き気味に言葉をかけると兼次はハッとしたように鼻血を袖で拭い取った。 「あー。なんだ、お嬢さん。そこにいると危ないからこちらへ……」 「お嬢さん……?」  薄らと頬を染めて照れ気味に手を伸ばす兼次に白夜は小首を傾げる。どうやら兼次は白夜を女だと思い込んでしまったらしい。 「おい、おまえ。何を勘違いしてるか知らんが白夜は男だ。変な気を起こすな」  何を察知したのか苛立ったように黒天狗がいう。  兼次はばっと白夜を振りかぶり、信じられないといった顔をした。それから「男……」とつぶやき、しばし黙考してから「いや、イケる」と一人ごちた。  それを聞いた黒天狗の眉がピクリと跳ね上がる。 「いったい何を考えている!」 「人間様の考えることがあやかしにわかるのかよ。ほっとけ」 「なんだと!」 「人様の恋路を邪魔すんなっていってんだよ! わかったか!」 「……恋路……だと」  吠えるように叫ばれて黒天狗が間の抜けた顔をする。  ハッキリと「恋路」なんていわれて、唐突すぎるカミングアウトに理解が追いつかなかったのかもしれない。もちろん白夜にも理解できていなかった。キョトンとしてパチパチと目をしばたいた。 「僕にもわからない……」 「冬吉みたいなお子ちゃまにはわからねーよ」  冬吉は小さく嘆息をもらす。 「兼次(かねつぐ)はいつから男色家になったの……」 「今からだよ!」 「うわ。言い切った……相手、あやかしなのに……」 「禁断の恋ってやつだな。燃えるじゃねーか」 「燃えるところ間違ってるよ……」 「そのとおりだ。燃えるところが間違っている……な!」  ひくひくと口もとを動かしていた黒天狗が羽団扇を凪ぐ。  兼次たちは黙ってこちらのやり取りを見ていたが、短気な黒天狗はそんな愚行を働かない。二人の視線が外れた途端、ニヤリと笑って攻撃に転じた。 「薙げ、竜禅翅(りゅうぜんしょう)」  それは鍛錬を積み、動体視力を鍛えたからこそ見て取れる速さ。  帯で止めていた羽団扇を十八……いや二十か。凪いだのちに胸の前に留めるという一連の動きは、二人が会話をしている刹那のうちに完了した。  白夜の視界が一瞬にして黒く染まる。よくよくみれば鴉の羽根が束になって現れたものだった。  黒天狗を中心として突如現れた大量の羽根は竜のごときとぐろを巻いて立ち上がり、外へ向けて膨らんでいく。  兼次と冬吉の両名はハッとしたように防御の姿勢を取った。兼次は霊刀を鞘から引き抜き、冬吉は鉄製の(しゃく)を取りだす。 「おしゃべりしているからこうなる……」 「おまえも話してたでしょうが⁉」  黒天狗の攻撃が二人に届く寸前、霊刀は朱く笏は青い光を放ち、襲いくる羽根の渦と自分たちの間に淡光を発する一枚の霊壁を生みだす。衝突した瞬間、ざりざりと何かを削るような音が響いた。 「ぎゃあああっ! なに⁉ どうなってんの‼」  叫んだのは兼次でも冬吉でもない。渦の中心にいる一人、白夜だった。
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