陰陽師との衝突

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 黒天狗は呆れたように嘆息をつく。  白夜の目と鼻の先を猛烈な勢いで鴉の羽根が飛び回っている。一つ一つが紫色の燐で彩られ、妖しげな光を発する羽根だ。  玉藻は慣れているのか平然と眺めているが、飛びまわる速さも形状の鋭さも相まって一歩でも前に踏みだしたら何百という羽根が一斉に突き刺さってきそうだった。 「今の聞いたか、冬吉ちゃん。白夜、可愛いなあ」  霊壁と黒天狗の攻撃は拮抗している。  少しでも気を抜けば跳ね返されそうなこの状況下で、兼次はでろんと鼻の下を伸ばし、そんなことをほざいた。 「……集中」  能面たる顔つきのまま冬吉が胸の前で印を切る。  笏が輝きを増し、その前に重なり合う御札が現れた。 「属星八天(ぞくしようはつてん)」  御札が蒼く輝き、一斉に動きだす。  冬吉を起点として一枚ずつ宙に固定しながら左右に開いていき、黒い渦巻きを円状に囲いこむ。すべてが在るべき位置に固定されると円の中心に七星の模様が蒼色に浮かびあがった。  轟々とうなりをあげて肥大する黒とも紫ともみえる羽根の渦巻きが周囲の御札に勢いを殺され、やや押し戻される。それほど顕著でないにしろ、冬吉の張った結界が効果を発しているのは明らかだった。 「ほう」  黒天狗は意外そうな顔をして口角をつり上げる。  感嘆しているようでもあったが、むしろ喜んでいるようにみえた。   「頼むから白夜のことは傷つけるなよ、冬吉ちゃん! ……朱雀八卦(すざくはっけ)!」  続けざまに兼次が叫ぶ。霊刀を縦に穿ち、先端から八羽の赤い鳥を解き放つ。烈火のごとく飛びだした鳥は白鳥ほどの大きさで、鋭い目も悠然たる翼も長い尾もすべてが炎に包まれている。  それは御札で成された結界の外周をぐるりと飛んで、それぞれに位置を定めた。  兼次と冬吉の声が重なる。 「朱雀星八天陣(すざくしょうはってんじん)!」  兼次の放った朱雀と冬吉の放った陣が結びつき、二重の結界を成す。  紅と蒼の円陣が黒羽根の渦を囲み、蒼色の七星が炎を纏って燃えさかる。  これはあやかしの捕縛、または消滅を目的とした兼次と冬吉の合わせ技である。  兼次と冬吉は代々から陰陽師を輩出してきた名家の出身。もとより両家の交流も深い上に兄弟同然に育ったため、本来ならば門外不出の術をひっそりと組み合わせることに成功していた。そこらのあやかしなら術にかかった時点で消滅するはずだったが……。 「顔色ひとつ変えないとはね」  兼次は皮肉まじりに呆れてみせる。  ただでさえ強力な術を重ねがけて効力を増幅させているのに、見た目に変化が起きないばかりか黒天狗の口元には余裕の笑みが浮かぶ。  九尾の妖狐も円陣にほとばしる炎を邪魔くさそうに見ているだけでダメージを受けた様子はない。  兼次の初恋相手――白夜に至っては「凄い!」と感嘆の声をあげて顔を輝かせていた。円周を飛びまわる朱雀に煌めく七星。まるで子供が異国の大道芸でもみたような興奮の仕方だ。 「あの三人、なんなの……」    冬吉はただでさえ虚ろな目に闇を宿してつぶやいた。  しかし驚愕していたのは何も二人だけではない。熱風に髪や衣を煽られる黒天狗は、目を輝かせる白夜に唖然とした顔を浮かべる。 「おまえ……よく無事だったな。何も感じないのか」 「何もって何を?」 「これはあやかしを殲滅する術だ。弱輩者なら塵となっていただろう」 「そうなの⁉」     黒天狗がいうなら間違いないのだろうが何も感じない。まわりで燃えさかる炎の熱さも術の効果も何一切。白夜は不思議そうに自身の体に視線を落とした。 「半妖ですから効き目が薄かったのかもしれませんね」  玉藻が思案するように目を眇める。  半分人間だから効果も半減したといいたいのだろうか。  可能性はある。まさか半妖であることにこんなメリットがあるなんて予想もしなかったけど。 「それにわたし達も多少のダメージは受けて然るべきでしたが何も……。まさか白夜の効果でしょうか」 「さてな。なんにせよ無事であったのなら問題はない。しかし、これだけの術式を行使できるとは久しぶりに楽しめそうだな。少し遊んでやるか」 「まったく、お館様も人が悪い。ひと思いに殺して差し上げればよろしいのに」  好戦的な表情を浮かべた黒天狗に対し、玉藻は額に指を押し当てやれやれと(かぶり)を振った。どうやら二人の間で話は纏まったらしい。白夜は首を傾げてみせた。 「遊ぶって? 俺、どうすればいいの?」 「俺と玉藻で相手をする。おまえは黙ってそこに立っていろ」 「ええ。下手に動くと巻き込まれますよ」 「念のため黒姫で防御できるようにしておけ」 「わ、わかった」 「さて。腕が鳴るな」
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