百年の恋も冷める出会い

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「それよりも、妖気はちゃんと得られたのかよ!」 「当然だ。熟れた桃のように甘くてたいそう美味だったぞ」 「そ、そっか。ならよかった……」    ――よかった、のかな?  いいながら疑問がよぎる。  黒羽山の切符を手に入れたのは嬉しいけど、踏みこんではいけない領域に足を突っこんでしまったような。ま、まあ。痛くなかったし死ななかったし、ね。うん、よしとしよう。   「これからも頼むぞ」    安堵したのもつかの間、白夜は目を丸くした。   「一回きりじゃないの!?」 「一泊して帰るか?」 「いいえ‼」 「ずっと留まる気なら、そのぶん奉仕しなくてはならんだろう?」 「奉仕って」 「他に役立つことが何かあったか?」 「ないです……」    ううっと涙を飲む白夜の肩越しに、またしてもくくく、と笑い声が響くのだった。 ※     「ここが黒羽山……」  簾からひょいと顔をだし、白夜は茫然とつぶやいた。  あのあと牛車の片隅で威嚇する猫のように毛を逆立てた白夜は、酒を呑みながら肩を揺らす黒天狗を警戒しながらここまでやってきた。  鬼の行列、百鬼夜行の出入り口は辻の行き止まりにある。  本来なら築地の壁しかない場所に黒くて大きな穴が口をあけており、そこを一行は吸い込まれるようにして通り抜けた。   一瞬の闇。吹き抜ける風と簾ごしに感じるほのかな月明かり。 あっという間に牛車が傾き、動きが止まる。途端に耳障りだった鬼の雑踏が嘘のように消えた。後ろをのぞいてみたが、やはり鬼はいない。牛車をひいていた赤ら顔の天狗さえもいなかった。  ただ一匹、腰から九本の尾が生えた妖狐だけがそばに佇んでいる。 「邪魔だ。さっさと降りろ」  背中を叩く声は聞かなかったフリをした。  だって半妖のお墨付きをもらったとはいえ、白夜はもともと人間なのだ。生まれ変わる前の記憶だってちゃんとある。黒羽山は鬼の棲む恐ろしい山だとずっと信じてきたのだから「わーい、着いたあ!」なあんて、浮かれ気分で降りる気にはなれない。  見上げた夜空は雲一つなく、月は信じられないほどに大きい。青白く輝く月は描かれた模様の細部まで見て取れた。  鬱蒼と生い茂る森では、どこからともなくほうほうと梟の鳴き声が夜風に乗って響き、さわさわと揺れる木の葉の音と混じって山の音色を奏でている。 (なんか普通の森みたい)  都から眺める黒羽山は常に霧で覆われて妖しげな雰囲気に満ちていたというのに、本当にここが黒羽山なのだろうか。 「降・り・ろ」  注意深くあたりを見渡していれば、不意にぱくっと耳朶を噛まれた。  熱い吐息に乗って低い声がすぐそこでささやく。  白夜の首筋をぞくっとしたものが駆け抜けた。 「ひっひやあッ!」  反射的に耳を押さえて隣を振りかぶる。 「な、な、な、なにすんのっ!」  声は上擦り、顔は茹でダコのように真っ赤だった。  頬が触れあう距離で綺麗な唇がニヤリと笑う。   「いつまでも降りぬからだろうが。ここで寝泊まりする気か?」 「降りるよっ! 降りればいいんでしょっ」 「そうだ。いい子だな」 「子供扱いするなってば!」  このニヤリ顔が腹立つ。  茹でダコ状態のままぷうっと頬を膨らませると、黒天狗はまたしてもくくく、と腹を抱えた。  
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