陰陽師との衝突

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 黒天狗は横に引いた唇から白い八重歯をちらりとのぞせる。  同時に玉藻が口をひらいた。凜とした清々しい声で誰にともなく、ささやくように言葉をつむぐ。   「百葉迅鋭(ひゃくようえいじん)」  玉藻の体から銀色の妖気が立ちこめ、金色の双眼がすっと縦に伸びる。  直後、三人のまわりに無数の木の葉が出現した。  暢気に物見遊山気分でいた白夜は目を丸くする。  それは形こそ木々に宿る木の葉と同じだが大きさは人の胴体ほどもあり、つるりとした輪郭からは鋭利な刃物が生みだす危うい光を放つ。  それが揺蕩うように白夜たちのまわりを旋回している。  ハクたちとの鍛錬で妖狐が木の葉を媒体として様々な術を使うのは知っていたけど、こんなバカでかいものは初めて目にした。   「ゆくぞ。空翔滅破(くうしょうめっぱ)!」  続いて黒天狗が羽団扇を切る。  まばたき一つする間に陽炎のように腕が揺れる。常人よりも動体視力に優れた兼次や冬吉であっても、すべてを見切ることはできなかった。  ――轟っ! 爆風が弾ける。  狼を裂いた鋭い風が陣の中をつむじ風となって奔り、鴉の羽根と玉藻の生み出した葉を乗せて縦横無尽に飛びまわる。それらは何度も七星に襲いかかっては炎の筋を断ち切り、復活してはまた切り刻んだ。  外周からは朱雀が炎の息を吐いて威力を削る。悲鳴をあげるように御札が蒼い点滅を繰り返す。外側から抑え込もうとする霊力、内側から反発する妖気。両者の力はギリギリのところで拮抗する。  兼次と冬吉の額には汗が滲み、一粒の雫となってあごを伝う。互いに歯を食いしばり、いっそう集中力を高めた。けれど数が多すぎる。殲滅したそばから次々と羽根や木の葉が復活し、七星に襲いかかるのだ。 「まずいよ、兼次」 「やべええっ! これ無理じゃね⁉」  兼次が叫んだそばで、ついに陣の核となる七星は無数の羽根と木の葉に打ち負かされてしまった。蒼と紅。キラキラとした粒子となって霧散し、家屋や路地に降り注ぎながら色を失う。  瞬間、霊壁がグンっと押し戻された。 「大変……」  ぼそっと冬吉がこぼす。 「あか――んッ‼ 耐えろ、冬吉‼」 「やってる……」  浄化の効力は激減してしまったが完全に術が瓦解したわけでない。  漆黒の竜巻を包む結界はまだある。これが破られたら最後だと、二人は必死の抵抗をみせた。  つむじ風が威力を増しさらに拡大した竜巻となって、七星を打ち破った漆黒の羽根と木の葉は外周へと向かう。  暴れまわる風が羽根が木の葉が。内側から陣を削り取り、せめぎ合う。二つの力がバリバリ、ガリガリと火花を散らす。竜巻に煽られた茅葺き屋根が吸い込まれるようにして藁を飛ばし、火花に当たってちりっと燃え散った。 「ほう。よくこらえているな。では、これでどうだ」  結界の中央にいながら腕組みをして高みの見物に興じていた黒天狗は、取りだした羽団扇を頭上に高く掲げると大きく縦に凪いだ。どこからともなく生みだされた風の塊が追い打ちをかける。竜巻の威力が一気に跳ね上がった。 「あああッ!」  突然後方から凪いだ強風に煽られ、白夜の被衣がどこかに飛んで行ってしまった。バサバサと髪が躍る。視野は真っ黒な竜巻で染まり、何がなんだかわからない。ひとまず黒姫で体を覆い、漆黒のミノムシのようになって防御に徹することにした。 (念のために防御って。敵の攻撃じゃなくて黒天狗の攻撃に耐えろってことだったの⁉)  そんなアホな。とミノムシの中でひとりごちた。  威力を増した竜巻が暴れまわり、綺麗な円状の陣がぐねぐねと波打つ。まるで棘をだして威嚇する生物のように、あっちで突き出てこっちで飛びだす。粘度をもった泡ぶくのような霊壁が伸びては縮んでまた伸び、破けそうになるたびに蒼と紅の光が弾くように閃光を放つ。  一瞬でも気を抜けば、突きでた一角から結界が途切れてしまいそうだった。 「冬吉、踏ん張れ!」 「……っ!」  二人は掲げる武器に力をこめる。  黒天狗と玉藻の発する妖力が予想以上に大きく、陣で留めきれない。  陣から漏れ出した妖気が二人に襲いかかり、威圧ではらわたが掻き乱される。胃の腑をぎゅっと握られたような鈍い痛み、喉を這い上がる熱いもの。上からも下からも目に見えない何かに押されて体がひしゃげてしまいそうだった。  苦しそうに顔を歪ませていた冬吉の唇から一筋の血が流れる。続いて兼次も「ぐほっ」と黒いヘドロのような血を吐きだした。  それでも押されてたまるかと二人は必死に霊力をこめる。  しかし――。 「も……無理」  冬吉のつぶやきと同時に大気が弾けた。  ついに二重の陣が内側から弾け飛んだのだ。
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