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新天地
屋敷の入り口に立ち、白夜はポカンと口をあける。
遠目にみた時も大きいだろうなとは思っていたけど、いざ屋敷の入り口に立ってみると、想像以上に大きいことがわかった。
まず都の家屋は平屋造りを基本としている。寺院などはべつにして、帝の住む御所ですら広大な敷地を有していても一階建てなのだ。
それなのにこの屋敷は木造の四階建て。外壁は真っ黒で、入り口や反り立った屋根には真っ赤な屋根がついていた。しかも一階一階の間取が広く、見上げるほどに高い。
「すんご……」
石造りの重厚な門には錫杖を掲げた天狗が二匹、見張りに立っている。絵に描いたような赤ら顔で鼻は突きでて長い。牛車をひいていたのと同じ奴だ。
全体的に人型ではあるものの、黒天狗を見るなり「キイッ」と声を鳴らしたので、どうやらしゃべることはできないらしい。
屋敷の中へ入ると黒天狗は横見もせずにずかずかと歩みを進める。
並んでみてわかったのだが、白夜と黒天狗はあたま一つ分は身長が違った。
当然というか、なんというか。もちろん黒天狗のほうが上だ。
そのため歩幅も違う。同じ歩数をあゆんでいても差がひらく。
白夜は時折、小走りになって後を追いかけた。
長い廊下を歩んでいると、あやかしとおぼしきものとすれ違う。
黒天狗や玉藻のように一見、人間のような姿をした何かだ。
髪や目、肌の色までバラバラで体型も衣もそれぞれに特徴がある。
共通点があるとすれば、みなそろって美男美女ということくらい。
屋敷の造りは純日本風なのに、まるで異国に迷い込んだような気になる。
着物を着ているあやかしはあまりいなくて局部だけを布で覆い隠した女のひともいたし、上半身裸で歩んでいる男のあやかしまでいて、おもわず両手で目を覆った。
指の間をわずかにひらき、あまり余計なものを見ないように黒天狗のあとを追いかける。
「おまえ、人間かい?」
ふと、指の隙間から緑の目が白夜をのぞきこむ。白夜はぴたりと足の動きを止めた。
「おいしそうな匂いだ……」
「あ、えっと」
そして、じりっと後ずさる。
緑の目は蛇とよく似ていた。丸くて真っ黒な縦長の瞳孔がある。それが、きゅるっと膜を被せてまばたきをした。
「あ……の」
「おい、それは俺のだ。手をだすな」
蛇の目が背後を振り返る。そこには腕組みをして顔をしかめた黒天狗がいた。
「……これは失礼。お館様の餌でございましたか」
「今日からここに住む白夜だ。他のものにも手はだすなといっておけ」
「かしこまりました……」
緑の目が視界から消える。そろそろと手をひらいてみれば、いつの間にか多くのあやかしが集い、白夜をじっと見ていた。様々な色をした目玉が、まるで得物を狙うように白夜を見つめている。
白夜は真っ青になって黒天狗に駆け寄った。
「俺……狙われてる?」
胸元に縋りつくと黒天狗はふうっと息をもらした。
「いったろう。おまえからはうまそうな匂いがすると」
「こ、こわ……」
「俺から離れるな」
「じゃあ、もっとゆっくり歩いてよ」
「下ろせというから下ろしてやれば……まったく面倒な」
「だってあんな持ちかたするからっ! それに足の長さが……」
「はっ、おまえも長くなればいいだろう」
「できないから困ってるんでしょ!」
憤慨して言い放つと、黒天狗は肩を揺すって笑いをこらえ、ひょいと白夜を抱えあげた。反射的に白夜は黒天狗の首に腕をまわして両足で腰に縋りつく。まるで赤子のように正面から抱っこされる形となってしまった。
「え」
「これなら歩幅を合わせる必要もないな」
目と鼻の先で端正な顔がニヤリ笑う。白夜はボッと顔を赤らめた。
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