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「ちょ……これ、恥ずかしい!」
「足を長くできないのなら仕方あるまい」
「それは無理っ!」
「ならば黙ってつかまっていろ」
黒天狗は白夜を抱えたまま飄々と歩きだす。
男らしい肩幅に硬い胸板。引き締まった腰に端正な面構え。離れたくても離れられず、ドキドキと鼓動が高鳴る。正面からじっと見ることもできなくて、必死に目を泳がせた。
「なんだ、その顔は。どこを見ている」
「え? いや、お屋敷広いなあって」
「ほう。この屋敷に顔を赤くする要素があったのか?」
「えっ」
笑いをこらえたような声に振り向けば、ニヤリと笑った黒天狗がいた。
「……っ!」
「また赤くなったな」
「ちがっ」
「何が違うんだ」
「それはっ……この格好が恥ずかしいからで!」
「それだけか?」
「それだけだよっ!」
意地の悪い笑みが深くなる。
白夜の顔は火照りに火照り、耳まで熱かった。
「おまえのそういう顔を見るとな」
「なに」
「もっといじめたくなるな」
ドキドキと鼓動がうるさい。羞恥のあまり言葉を失った白夜の目の前に黒天狗の唇が迫った。
「こらっ!」
慌ててあごを押して体を引き離す。だけど黒天狗は腹筋だけでなく首や背筋まで強かったらしい。押している白夜の体だけが後方に倒れていく。
「――そのままいくと落ちるぞ」
「やめればいいでしょ⁉」
「そうはいかんな」
いってさらに唇を近づけようとする。尻の下を抱えられてるとはいえ、白夜の上体は大きく後ろへ倒れこむ。ぐぐぐと黒天狗のあごを押して後方に倒れていると、よもや直角に至るまで体が傾いてしまった。
支えは黒天狗の腕とあるようでない白夜の腹筋だけだ。しかも黒天狗は身長が高いので、このまま落とされたら脳天に大打撃を負うのは目にみえていた。
白夜はわたわたと黒天狗の首にしがみつく。
「いやああ! 落ちっ、落ちるっ!」
「なら戻ってこい」
白夜はうぬぬと黒天狗を睨めつける。
(だって戻ったら口づけする気でしょ!)
よもや体勢を維持しているのは、ぷるぷるとふるえる腹筋のみ。
「んあっ!」
ついにあたまがガクッと下に落ちる。床にあたまがぶつかる寸前で黒天狗が反動をつけて白夜の体を持ち上げた。揺りかごのようにぐわんと揺れて上体が起きあがり、白夜の顔が黒天狗の胸もとに飛びこんでいく。
そして――ちゅっと唇が重なった。
目を丸くした白夜の目に、したり顔の紫色の瞳が映り込む。
ショックで固まった白夜の唇にもう一度、ちゅっと口づけを落とした黒天狗はニヤリと笑ってみせた。
「おかえり」
「……っ!」
あたまから湯気が噴きでそうだった。羞恥のあまり言葉がでてこない。唇を覆った白夜は、ぽすっと黒天狗の胸もとに顔を埋めて大人しくなった。
あたまの上から、くくくと笑い声が鳴ったのが悔しくて仕方がなかった。
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