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「恋愛が絡まない時のお前はいい奴だから、元気になってほしいと思っているんだ」
愛美はまた、顔を伏せた。泣いてはいないようだ。
「昨日から何も食べてないだろう。何か、食べたいものはないか」
愛美は首を振った。
「いらない。食欲なんてない」
「不思議だな。ふだん、ダイエットしなくちゃと言いながら、バクバク食べるお前が食欲がないなんて」
「人を好きになるって、そういうことなの!」
確かに誰かを好きになり始めた時も愛美は食欲がなくなる。ボーッと宙を見つめ、ため息をつくばかり。それが付き合うとなると、浮かれてダイエットだと言い出し、そのくせ、その時はたくさん食べる。そして、男に振られると、また、食欲が無くなるのだ。
「恋愛感情がないディーにはわからないんだろうけど、その人のことを考えるだけで、胸がいっぱいになって、食事のことを忘れるってあるんだから」
私に反論するのに夢中になって、愛美は泣くのを忘れている。
私は台所に立つと、冷蔵庫を開けた。この部屋には入り浸っているから、鍋や調味料のありかも冷蔵庫の中身も知っている。
豚肉とキャベツと玉ねぎ。
自分の手際がいいのが嫌になる。
美食とワインで気持ちを盛り上げ、美味い血を啜っていた私がなぜ、焼きそばなんてものを作っているのか。
ソースの匂いが漂い出すと、ぐーというお腹の音が聞こえた。
「いらないって言ったのに」
愛美が口を尖らせる。
「本当にいらないのか?」
皿に焼きそばをのせ、割り箸をつけると、愛美は起き上がって近づいてきた。
「だって、いい匂いなんだもん。お腹が空いたみたい」
愛美は赤くなって、食べ始めた。
食欲が戻ったということは愛美の気持ちは整理がついたのだろう。
そういえば、私は長いこと、血を飲んでいない。それなのにお腹が空いていないような気がする。
まさか。
私の視線の先では愛美が幸せそうに焼きそばを頬張っている。
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