3日前から白い虎がついてくる

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 抜歯の翌日はもともとリモートワークにしていた。自室でPCに向かう。左頬が酷く腫れている。痛み止めもいまいち効かず、疼くような痛みがおさまらない。熱も出ているようだった。考えがまとまらない。  虎はデスクと反対の壁際にうずくまっている。視線は外れているが、こちらをうかがっていることは明らかだった。  奴に目をつけられてもう5日目になる。  この獣は子供のころ飼っていた大型犬とはまったく違う種類の生き物だ。通じ合うということがまるでない。ただ私が弱るのを待っている。  目がディスプレイの同じ行を5回滑ったところで、諦めて昼休憩を取ることにした。冷蔵庫には何もない。食欲もまるでないが、薬を飲むのに何か胃に入れなくてはならない。  近所のコンビニまで歩き、ゼリーと目についたサラダチキンを買う。鶏肉はまだ試していない。帰り道にある児童公園のベンチに腰掛けた。  虎はベンチから3メートルほど離れて私と正面から向き合う形で座った。  ゼリーの蓋を雑に剥がすと汁がこぼれてスカートを汚した。すぐに拭き取るがベタついている。  歯が痛む。頬が腫れて口がうまく開かない。プラスチックのスプーンでゼリーを流し込むが味がしない。  虎の尾が動くのが視界に入る。顔を上げるとじっとこちらを観察しているようだった。 「疲れた」  私はサラダチキンのパッケージを引き剥いて汁まみれの肉を掴み、虎に向かってぶん投げた。歯が痛い。  サラダチキンは虎の鼻面に命中して、砂だらけの公園の地面に落ちた。  虎が立ち上がる。頭を低く、明らかに獲物を仕留めようとする姿勢で距離を測っているかと思った矢先。巨体が一瞬で目の前を覆い、衝撃。壁に全身が叩きつけられる。違う、地面に転がっている。  虎の向こうにベンチが見える。ずいぶん遠い。何か咥えている。何かは激しく振り回されたあげくこちらに吹っ飛んできた。目の前にどさり、と落ちる。  虎は目を細めてこちらを見ている。近づいてくる様子はない。頭上には白い花が咲いている。桜だ。  虎が放った物体を見る。人間の腕だ。右腕と左腕どちらだろう。わからない。スマートウォッチを巻いている。左腕か。  瞼がとんでもなく重い。 「……せめて食えよ」  黒い沼のような眠気に飲まれて何も見えなくなった。
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