3日前から白い虎がついてくる

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 動かない左腕のせいで歩きづらい。昼食に出ただけだったので、ポケットのスマホ以外に荷物がないのが救いだ。  想定の倍の時間をかけてようやく駅に近づいてきたのか、商店街へ入ったようだった。ふと、小さな個人経営と思われる書店が目に入る。以前は用がなくても書店と見れば立ち寄ったものだが、最近は仕事の技術書をネットで買うばかりですっかり足が遠のいていた。  反応の悪い自動ドアをくぐる。まっすぐに文学のコーナーへ向かった。品揃えは良くない。アルバイトと思しき青年に頼み、目についたタイトルを片っ端から抜いてもらって、全て購入する。適当に厚めの文庫本を1冊だけ手に取ってあとは配送の手続きをした。  虎は店の入り口からじっとこちらを見ていた。  何とか駅にたどり着き、方面だけ確認して最初に来た電車へ乗り込む。すいている。平日の真っ昼間だから当然だ。端の座席に座る。文庫本の表紙をひとなでして、右手と太ももを駆使してページを捲った。  フィクションを読むのは数年振りのような気がした。書いてある内容は理解しているが、うまく没入できず上滑りする感覚に苛立つ。昔はもっと自由に物語の世界へ入っていけたのに。それでも徐々に周囲の雑音が消えていく。世界が消えて、自分が薄れて、別の世界に溶け込む。
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