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月曜の朝。 なんとか出勤したヨレヨレの私と目が合った瞬間、部長はすぐに私を小会議室に行くように促した。 私は、部長に抗がん剤治療で、当初の想定より治療期間が延びること、副作用は個人差が大きいので、私の場合どうなるかわからないこと、長期の休暇をもらうか、会社を辞めた方がよいなら、そうしてもいいと思っていることを一気に吐き出した。 途中から、涙をこらえるのが大変だった。 私の、一方的にまくしたてるような説明が終わると、部長はふう、と息を吐いてから、 「わかった。  今後のことは、ね、今焦って決めなくてもいいと思うんだ。保留、ね。  ところで、ご飯はちゃんと食べてる?昨日の夜は、眠れた?」 と聞いた。 私の涙腺は、決壊した。 「眠れません。ご飯も受け付けません。無理して食べても戻してしまうし。  こんなことは初めてで、正直言って気持ちの保ち方が分かりません。  抗がん剤治療が始まれば、体力も必要になるのに。  家族にも心配をかけてしまうし。  ちょっと動揺しています。勤務時間中なのに、すみません」 なんだか、余計なことまでぶちまけてしまった。 「君自身が思っていたよりも、病状が進んでいたってことだよ、ね?  それでびっくりしてしまって、夜は眠れないし、食事も喉を通らない、と。  僕は経験がないから憶測で言うけれど、それは、人として割と当たり前の  反応だと思うんだよ、ね。  夜眠れないのはつらいと思うけど、ね、何日か経てばきっと眠れるし、ね。  ご飯がたべられないなら、ホラ、お菓子を食べるとかさ。それでいいと  思うんだよ、ね。」 私は、なぜかその言葉がすごく腑に落ちて、その瞬間、時計が逆回転をするように、メンタルが回復し始めたのがはっきりとわかった。 「部長は、いったいどこのアントワネットですか?」 鼻声で思わず出た私の言葉に、部長は、苦笑した。 「ま、せっかく出勤したんだから、ここでちょっと休憩して、  気持ちが落ち着いたら、ね、お昼までは仕事して、午後は帰っていいよ。  ちょっと散歩してみるとかさ、そういうことも大事だと思うんだよ、ね」 そう言って、会議室から出ていった。 ブチョーアントワネットの背中は、過去イチ、かっこよく見えた。
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