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「今、どこにいるの?」
「あ、ごめん。「詩と短歌」のとこ」
「分かった、そこにいて。そっちに行くから」
電話を切って、僕は本屋へと急ぐ。
「詩と短歌」は本屋の一番奥だった。魔法使いの住みかのようにうす暗い売り場の、一番はしっこに葉月くんはいた。僕に気づいて立ち上がる。
「ああ、よかった」
「ごめんね。勝手に行っちゃって」
「ううん。でも、さっきまで隣にいたと思ったのに」
「ごめん」
葉月くんは、バツが悪そうに笑う。耳にささった白いイヤホンを、外した。
「何か、聴いてたの?」
「ううん、何も聴いてない」
「……そっか。いい本、あった?」
「なかった」
「そっか」
「もう行く?」
「うん」
うなずくと、葉月くんは僕の手を取って、歩き出した。
手をつなぐ。
はずかしい。
何度やっても、慣れない行為だ。何だかいつも、ぎくしゃくしている。
だけど、葉月くんと手をつなぐ。空っぽの本の洞窟を、二人並んで、手をつないで歩いている。
僕たちは、まるで二人でひとつみたいだ。
いびつなつぎはぎの、一枚の布みたいだ。
葉月くんは、駅前の喫茶店の常連のひとりである。
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