小さな幸せ

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俺は悪魔だ。正体を悟らせないように、どこにでもいそうな中年の男に身をやつしているが、真の姿は人間の身の毛がよだつような立派な怪物だ。とはいえ人間の肉を食うわけではないから、直に襲ったりはしない。俺たち悪魔は、不幸な人間が発する負のエネルギーを糧として生きている。 歴史に名を遺す大悪魔なら、戦争や災害を引き起こして多くの人間を不幸のどん底にたたき落し、一度に膨大なエネルギーを得られる。いつか俺も伝説として語り継がれるような悪魔になってやる。それが俺の目標だ。 だが正直なところ俺は悪魔としては若く、未熟だ。人間に大きな影響を及ぼすような力はまだ持っていない。悔しいが認めなければならん。俺は冷徹な視線と明晰な頭脳を持ち合わせているからな。 だから、人間が日常の中に見出す小さな幸せってやつを奪い、負のエネルギーをコツコツと集め、やがては大悪魔に進化するのだ。今日はまだ一つも不幸を集めていない。さて、人間どもの小さな幸せを大きな不幸に変えてやろう。 舌なめずりをしながら駅前にあるカフェの隅から店内を見まわした。すると6、7歳の少女とその父親と思しき男が目に入った。店員がちょうどその親子にケーキセットを持ってきたところだった。やつらのテーブルに置かれたのはショートケーキが二つ。 いかにも軟弱な人間どもが好みそうな食い物だ。父親が「美味しそうだぞ」などと娘に笑いかけている。こいつらは親子で甘いものを食べ、何気ない幸せに喜びを感じるつもりだろう。 そうはさせないぞ。人間どもを観察してきて分かったことだが、ショートケーキの象徴といえば、てっぺんに乗せられた苺。人間どもはアレを食べることに至福を感じる。俺はショートケーキのてっぺんに置かれた苺に狙いを定めて念じた。苺よ消えろ、と。
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