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だが簡単には消滅しない。ちっ、苺一つ消せないようでは俺の力もまだまだか。こいつらが苺から食べる人種だったらどうしよう。少し焦るが、少女はショートケーキの端にフォークを差し込んだ。ふん、好きなものは最後に取っておくタイプか。そういう奴ほど、お楽しみを奪われたときの苦しみは大きい。
そんなことを考えているうちに、苺は始めから存在しなかったかのように跡形もなく消えた。残されたのは純白の塊だけ。少女は、あえて人間の言葉を借りて言うならば狐につままれたような顔をしている。
少女はまだ食べていないはずのものが消え去り、味わえなかったという満たされない思いに囚われるはずだ。そのとき不幸が持つエネルギーが放出される。
さあ、悔しがれ人間ども。
そのまま観察していると、父親が泣きそうな表情になっている。いいぞ……いや、娘ではなくお前が泣くのか?まあ、愛しの娘に苺を食わせることができなかったとあれば、泣くのも無理はないかもしれない。
父親が尋ねる。
「苺が消えた……?いや、もしかして、ちゃんと食べられたのか?」
少女は柔らかそうな頬に生クリームをつけたまま口を開いた。
「う、うん。食べられるようになったよ」
「そうか。やっと食べられたか!よかったよかった」
何やら父親がはしゃいでいる。そいつはトイレに行くと言って席を立つと、小躍りしながら歩いて行った。
狐につままれた顔をしているのは、今や俺のほうだった。一体どういうことだ。一人残された娘を見つめていると、娘は頬についた生クリームを指で取って舐めながら笑った。
「苺、きらーい。何でなくなったのか分かんないけど、パパが勘違いしてくれてラッキー!」
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