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リリカ、アンチに会いにいく
リリカは地下アイドルをやり始めた。
俺もライブを観に行ったが、グループの中でも可愛い方だった。
元から振り切った性格ということもあって、ファンが増えていった。
『サイコ系アイドル』という名前がついた。
間違ってはいないと思う。
人の目は侮れない。
「思った以上に順調で、ファンがレストランにも来てくれました! 店長もお客さんが増えて大喜びですよ!」
あんまりファンで店が盛り上がったら、お店のコンセプト変わりそうだけど。
「SNSもやり始めたんですけど、今、反応どうですかね?」
リリカが顔認証や指でのタッチ操作をしようとすると、機械が反応しない。
機械は人間とそうでないものがわかるようだ。
代わりにSNS画面を開いてあげる。
『リリカ、ブスのくせによくアイドルやろうと思ったな』
『直接見たら結構デブだった。画像は加工』
『整形するならもっとちゃんとやれ』
『サイコ?ただの世間知らずでしょ。天然ぶっててキモい』
リリカかは膝から崩れた。
「まあ、気にすることないよ。こういうアンチはさ、適当に言ってるだけだから。しかも、毎回同じ人が書いてるし」
「……どうして……整形がバレたのでしょう」
「え、整形してたの?」
「はい、リリカの成長期と親を殺した時期のどさくさに紛れて、遺伝子レベルから調整したので絶対バレない自信があったのですが。その人は、神ですか?」
「たまたまだよ」
「そうですか……」
その日からリリカはまともにご飯を食べなくなった。
そして1週間が経った。
「1週間食べてないのに、体重が0.5キロしか減らないのはどうしてですか?」
「ダイエットあるあるだよね。リリカはご飯は食べないけど、結局お菓子とジュースは口にしてたし」
「え?あれっぽっちも食べちゃダメなんですか?」
「栄養が無くて、カロリーだけ高いからね。むしろ太っちゃう。」
「もしかして、人間はみんなそういう食生活だから、人間も栄養が無くてカロリーが高いですか?」
「どういうこと?」
「リリカの前世は、人間が主食だったんです。人間を食べ始めてから確かに太り始めたな、と」
その情報、知りたくなかった。
「とりあえず、気にすることないよ。ほら、いいコメントもいっぱいあるじゃん」
「でもやっぱり、向上心って大事ですよね。アイドルたるもの可愛くて、憧れの的で、癒しでなくては!」
リリカはキメ顔をした。
「体は改造できないの?」
「できますけど、あんまりやると体の寿命が早く来ちゃうんで。運命の殿方に会えるまでは、若々しくありたいな、と」
リリカは鼻息を荒くして言った。
「あ、正直に言うと、体も顔と一緒に改造しました。クソ親父のエロ本が参考になりましたよ。この時ばかりは感謝しましたね」
リリカはふふん、と鼻を鳴らして鏡の前でポーズをとった。
♢♢♢
ある日、リリカは興奮した様子で帰ってきた。
「あのコメントの神を見つけました!」
「え? どうやって?」
「電車でコメントを打ってたんです。ガラス窓に反射して、画面が見えました」
コメントの神は、神に見放されたらしい。
日頃の行いが悪いから。
「尾行して、家もわかりました。今から一緒に行きませんか?」
「え? 俺も? 何しに?」
「私がどうしたらスターアイドルになれるか、教えを乞うためです!」
瞳がランランと輝いている。
サイコ系アイドルにスイッチが入った。
♢♢♢
コメントの神は女性だった。
リリカが来て、最初は居留守を使っていたが、リリカが玄関前で騒ぐので仕方なく中に入れてくれた。
「貴女のコメントはすごく参考になりました! 私、スターアイドルになりたいんです! これからどうしたらいいですか?」
「なによ、文句言いに来たんじゃないの?あんなの、でたらめに書いたに決まってるでしょ。あなたのことなんて、知らないわよ」
「でたらめ? ウソってことですか?」
「別れた彼があなたを好きだったから、腹いせに書いたのよ。一回、私も見に行ったけど、くだらないな、って思ったわ」
リリカの様子を見ると、何を考えているかわからない表情だ。
「リリカ、そういうことだよ。もう帰ろう」
「……アイドルがくだらないかどうかは人それぞれですけど、腹いせに悪口書かれたのは許せません! むしろガチでそう思われた方がマシです!」
「芸能人なんだから、それくらい言われて当然でしょ! そういう覚悟がないなら、アイドルなんてやるんじゃないわよ!」
「リリカは! アイドルの前に人間です!」
リリカの髪が伸びて、コメントの神の首を絞め始めた。
言ってることは立派だが、やってることは人外だ。
「リリカ! やめよう! 人間には色んな人がいるんだよ!」
髪が、コメントの神の頭をぐるぐる巻きにする。
そしてそのままバキッ!と音がして、首の骨が折れ、頭が後ろにのけぞった。
「殺しちゃったの?!」
見ると、リリカが泣いている。
「今、この髪をったって、彼女の記憶を読みました。この人可哀想なんですよ。子どもの時から悪口ばっかり。他人の足を引っ張って、良くないことは皆周りのせい。彼氏も、この人が『してくれないこと』ばかり責めてくるから、嫌になったみたい」
「そうなんだ……。って、なんでリリカは泣いてるの?」
「『君たちには無限の可能性がある』って小学校の先生から言われました。『夢を持て』って中学校の先生から言われました。『自分の人生に誇りを持て』って高校の先生から言われました。この人、どれも持ってません。人間に奇跡的に生まれてきて、なんの感動もなく生きてるなんて……本当に可哀想だなって……」
「それが、普通なんだけど……。可能性や夢や誇りがもてたら一番いいけど、大抵は、皆それなりに生きるよ……」
「そうなんですか?人間はもっとキラキラして生きてるんだと思ってました」
「キラキラしてる人しか、記録に残らないからね」
「まあ、でも、もうやっちゃいましたし、転生後に期待ということで!」
リリカはやり切った感で、とびきりの笑顔を見せた。
「あ、うん。そうだね。ただ、現実的な話なんだけど、殺しちゃったから警察がくるよ。捕まったら人間社会的に詰んでしまう」
「じゃあ、死体を消しますね。一口サイズに切り刻みます」
「できれば食べることを連想させる表現はやめてほしいな。話は戻すけど、今、俺たちがこの人に会ったことはバレると思うんだ。防犯カメラとかあるだろうし。死体をうまく消しても、警察にウロウロされたら今までみたいな生活はできないよ」
「じゃあ、こうしましょう」
リリカは彼女の口に、ぐるぐる巻きにしてた髪の毛を入れていった。
そうすると、彼女の首はまっすぐになり、こちらに顔を向けた。
「髪で折れたところを支えて、髪を神経の代わりに這わせました。3日間くらい生きてるふりをしてもらえば、私たちは関係なくなりますね」
「まあ、そうなるかな」
コメントの神はちゃんと瞬きもしている。
「あんまり簡単に殺さない方がいいよ。せっかくのリリカの人間生活が台無しになっちゃう」
「それもそうですね。大半の人間は人を殺さずにうまく生きてますもんね。すごいです! 私も皆さんを見習います!」
リリカは羨望の眼差しを俺に向けてきた。
リリカが人間らしくなれるかはわからないが、リリカは人間になりたがっている。
その間にどれだけの犠牲者が必要になるだろうか。
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