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自治会長 福島勝男
「見回りは通学時間と夕方、平日はほぼ毎日二回。おれが仕事をリタイアしてからだから、もう十年以上続けていることになるな」
十年以上、それはすごいですね。
「すごい要素なんてどこにもないだろ。時間を持て余していたから、地域の役に立つことでもしてみようかと思って始めただけださ」
いやいや、すごいことだと思いますよ。自治会長も長くされていると伺ったんですが、もしかして自治会長もその時期になられたんですか?
「そうだ。仕事がある人には任せにくいしな。たまには人が嫌がることでもやってみようかと思って一度引き受けたのがよくなかった。二年ほどで代わるつもりが、辞め時を失ってずるずるとやらさているのさ」
誰かに引き継ごうとは思わないんですか?
「誰かって誰がやってくれるんだ? おれよりも年寄りには負担が大きいし、若い人は現役で仕事してるんだ。同世代で仕事を辞めたやつもシルバー人材センターに登録して何かと忙しそうだし、頼める人がいないんだよ」
そうでしたか……大変失礼しました。
「いい、いい、そんなことで謝る必要なんてない。おれこそ意地の悪い言い方をして悪かったな。前はいたんだ、交代しようって言ってくれた同い年のおっさんが。でも駄目だった」
駄目だった……その方はお引越しなされたんですか?
「いや、ぽっくり逝っちまいやがった」
そうでしたか……お悔やみ申し上げます。ご病気だったんでしょうか?
「同世代のやつには珍しく、病気の話は聞いたことなかったな。ただ、ちょっと変わった男で、この辺は不思議なことが多いから心霊系のYouTuberやメディアに取り上げてもらおうとしたらしい。もともと目立ちたがり屋だったから、自分も映れたらなんて考えていたみたいだ」
その計画は進んでいたんでしょうか?
「かなり進んでたな。YouTuberが撮影に来ることが決まった矢先、死にやがったんだ。奥さんが旦那が死んで憔悴しちまってよ。おかげでおれが死んだ男の代わりにYouTuberにお断りの連絡を入れたのさ。全く迷惑な話さ」
それは大変でしたね。
「ああ、本当に大変だった。あれだけやめとけって言ったのに、人の忠告を無視してよ。挙げ句の果てには、生意気で偉そうなYouTuberに謝ることになるなんて、本当に気分が悪かったな」
心中お察しします。
「まあ、終わった話さ。そうだ、そんなことよりあんた、この地域のことについて調べてるんだって?」
はい、最近この辺りで変な事件が起きているという噂を聞いたんです。それで自治会長の福島さんにもお話を伺えたらと思いまして。
「最近って言っても、この地域じゃ不思議な出来事なんて日常茶飯事だぞ。あのショッピングモールがある場所だってそうだ。その感じだともう知ってるんだろ? あの施設の人間が死んでることも」
はい、トリックアートに関わった人が亡くなったと聞いています。
「そこまで知った上でまだ調べてるのか……物好きだな、あんた」
……そうですね、否定はできません。
「好奇心は猫を殺すって言うのによ。まあ、いいさ。それで、何が聞きたいんだ?」
福島さんは、ショッピングモールのトリックアートの絵がいくつか無くなったのはご存知ですか?
「ああ、劣化したんだっけ? 何個か撤去されたらしいな」
そうなんです。それでその時期から家の外壁に傷がつけられたり、下校中の子どもが荷物を切り付けられたり、不気味な出来事が増えていると聞いたんです」
「ああ、そんな話を聞いたような気がするなあ。それで、あんたはトリックアートと何か因果関係があると考えてるんだな?」
はい。福島さんはどう思われますか?
「因果関係はあるだろうな。変な事が起きる頻度が増えたような気がするから」
やはりそうなんですね。もう少し詳しく教えていただけませんか?
「その前に……あんた、この地域のことを調べてどうするつもりなんだ?」
恥ずかしながらまだちゃんとは考えられていません。ただ、気になるんです、真相が。そしてできることなら被害を小さくしたいなと考えています。
「なるほど。じゃあ、例えばわかったことをまとめて情報発信する可能性もあるわけだ」
そうですね。そういうことも考えています。
「なるほど、だからか」
だからと言いますと?
「あんた、それは悪手だと思わないか?」
悪手……ですか?
「考えてみろ、この地域について調べたならわかるだろう? この地域の異常さについて情報発信をしているメディアやSNSの個人アカウントがいくつあった?」
ほとんど見かけませんでした。確信的な投稿はなく、匂わせも少なかったです。もっとあってもいいと思うんですが……。
「そうだろう。じゃあ聞くが、これまでの取材中、他にも取材を受けたっていうやつはいなかったか?」
いらっしゃいました。ショッピングモールの……。
「やめろやめろ、言わなくていい。聞いたらおれまで引っ張られかねないからな。それより、取材に来る奴はたくさんいる。中には忠告を無視して、発信した奴もいるはずさ。なのに、何も情報が見つからないなんておかしいと思わないか?」
……投稿や発信内容が削除されている可能性があるってことですか?
「そう考えるのが普通だろう」
一体誰がどうやってるんでしょう?
「さあな、そこまではわからないし、知りたくもないね。あんたは知りたいだろうけどな」
……。
「おれの前の会長も言ってたんだ。『せっかく止めてやっても忠告を聞かない奴が多い』ってな。それから『そういう奴に限って取材に来る時点で手遅れなことも多い』とも言ってたな」
手遅れですか?
「ああ、そうだ。その時は前の会長が何を言っているのかよくわからなかった。でもな、おれに会長を代わるって言ってくれたやつが死んだ時にわかったんだよ。手遅れの奴には共通点があるって」
共通点があるんですか?
「おれが見た奴だけだから絶対とは言えないぞ。ただ、この地域の不穏なことに踏み込み過ぎているなと感じた奴は、影が不気味なぐらい薄いんだ。影がないわけじゃないんだが、色褪せてるというか、色が淡いんだよな」
手遅れの人の共通点ということは、影の色が薄くなった人は皆さん亡くなられているんですか?
「そうだな。皆んな、影が薄いなあと思ってからあまり日が経たないうちに死んじまったよ」
あの、どうしてこんなに詳しく教えてくださるんですか? 深入りすると危ないということは、こうして私に話してくださる福島さんも危なくないんですか?
「おれは大丈夫さ。大丈夫じゃなきゃ話さねえよ」
どうしてそう言い切れるんでしょうか? 何かあるんですか?
「簡単な話さ。間も無く死ぬ人間に何を話しても問題なんてないだろう」
……え?
「自分じゃわからないか? あんた、もう影がかなり薄くなってるぞ。残念だったな、あんたは深入りし過ぎたんだろうな」
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