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彼を食堂の中に引き連れ、カウンターの席に座らせる。
「…誰もいない」
周囲の目を気にするように目をきょろきょろさせ、安堵した声でそう言った。
辺り一帯はよく栄えているけれど、私の食堂はそれに見合わない。だから、色々と大変なことはある。それでもここで誰かの笑顔が見られれば、それはプライスレス、と言える。
勿論それは、この子にも例外なく。
「君が安心できるよう、貸し切りにしたの」
「…嘘は悪い人しかつかないんだよ」
私の冗談に、微かに口角が上がったように見えた。
改めて彼を見ると、オーバーサイズの服に隠すように、身体はやせ細っていた。まだこんなに小さいのに十分に食べていないのだろうか。私はカウンターの中に入り、彼と向かい合った。
「もうどのくらい食べていないの?」
少し考える素振りを見せ、「…一週間くらい」と返ってきた。
唖然とした。もう倒れる間近だったんじゃないか。
返す言葉に悩んでいると、ぽつりとその子は言った。
「お母さんが、帰ってこなくなったんだ」
「…お母さんが?」
「そういうことはよくあるんだ。僕たちみたいな家族は生きるので精いっぱいで、危険な目にもよく合うから。だけど、もう帰ってこないかも。そんな気がする」
「じゃあ、しばらく君だけで生活してたの?」
「うん。お母さんは何かあったときのために、生きていけるよう色々準備してくれていたけど、それだけじゃ足りなくなって…。でも僕はこんなだから、誰も助けてくれない。どこに行っても、僕を追い払う」
どうやらこの子たち家族は理不尽な理由で疎まれているようだ。
再び顔を沈ませる彼に、なんて声をかけたらいいか分からなかった。私の口から出るものなんて、彼からしたらどれもうわべのものだと思ったから。
「お姉さんと同じような店をやっている場所にも行ったんだ。そういう場所は子供には優しくしてくれるかもしれないからって、前にお母さんが言っていたのを思い出して。でもそこも、僕だけには優しくしてくれなかった。ほかの子たちにはおいしそうなご飯を用意していたのに。お前に出す飯なんてないって、怒られた。なんで、なんで僕たちはこんな嫌われてるの?僕なんか、居てもいいことないよ」
また泣き出しそうな彼の頭をそっと撫でる。
その苦しみを分かってあげられないけれど、ここに来た子には精いっぱいの幸せを感じてもらいたい。
ただ、不安なことと言えば、食材のストックが限られていることだけれど…。
「あなたみたいな子は初めてだから、どれがお口に合うかわからないの。さっき帰った子たちの残り物はあるけど…」
そう言いながらラップにかけたばかりの料理を手に取るが、それを見た彼は首を傾げた。
「なにそれ?」
「いや、いいの。新しく作るから」
きっとこれでは満足しない。この子のおなかは一杯にならない。
何かないかと冷蔵庫を開けるが、どれもヘルシーな食材ばかりだった。
「…ない」
「…え?」
「足りないわ。あなたのおなかを満たすものが。待っていて、今すぐ用意するから」
「お、お姉さん?」
彼の戸惑う声も聞こえないまま、私は急いで上着と鞄を手に取った。鞄の中を確認しながら、頭の中で行く先をある程度絞る。本音を言うと、本当に用意できるか不安だった。なんせ今までの子たちには振る舞ってこなかったものだから。でも、この子にそれは関係ない。私にできる事をしなければ。
チャックを閉めて入り口の前まで行った。
けれど、一つだけ確認したいことがあった。
その場で振り返り、カウンターで待つ彼に声をかけた。
「何でもいい?」
「え?」
「お肉なら、何でもいいの?」
「…うん!」
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