すべてのかよわきものたちへ

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扉を開けると、彼は健気に同じ席で待っていた。 「おかえりなさい、お姉さん」 音に気づいた彼は私の方へ向き、そう言って笑った。 「ただいま、遅くなってごめんね。今準備するから…あ、ちょっと待って。一応確認してくれるかしら、あなたが食べられるかどうか」 「うん、うん。お肉だったらなんでも食べれるよ」 嬉しそうな返事に私は微笑み返し、外で待つ彼女の手を繋ぐ。 「一緒に中に入ろう」 食堂の中へ入ると、私と手を繋ぐ子をすぐ確認した。 「…うわぁ!ありがとうお姉さん、とっても美味しそうだよ!」 そして、自分よりもさらに幼いであろう子供を見て、嬉しそうに目を輝かせた。 私は手あたり次第、子供が好きそうな場所を回った。 おなかの空いた子供に声をかけ、すぐそこに私の食堂があると誘い出した。私がやっているような、所謂子供向け食堂というのは最近の流行りだったりするのだ。私みたいに一人でやるにはカツカツだが、子供からしたら、食堂という場所はおいしいご飯をおなかいっぱい食べられる、安心できる場所なわけで。 私の声掛けについてきた子も、おなかをすかしていた。 鼻をひくひくしながら食堂内を見渡す彼女をテーブル席まで案内した。 「ここで座って待っていて。今持ってくるからね。…あれ?」 そう言ってからカウンターへ目をやると、あの子がいなかった。どこへ行ったのだろうと座っていた場所まで行きカウンターの中へ身を乗り出すと、その下から「シー」と人差し指を口に当てた彼がいた。 「…そこ、だれか、いる?このにおい、なに?」 その声がしたのは後ろからだった。振り向くと、まだ彼女は何かの匂いを探しているようだった。 なるほど、彼が身を隠したのはそのせいか。迂闊だった。 「さっきまで違う子にも食事を出していたの。でももう帰ったから、誰もいないよ」 「ちがうこ…しらないにおい、しらないこ…かえったら、ままにきく」 「そうだね、知らない子かもしれないね。この世界には、いろんな子がいるからね」 納得した様子でそれ以上何も喋らなかった。鼻はよく効くが、まだ幼い子供だったのが幸いだった。 「隠してくれてありがとう、お姉さん」 声を潜ませながらお礼を言う彼に私は首を振る。 「申し訳ないけど、あの子のおなかが満たされるまでそこで待っていてくれるかしら」 「大丈夫だよ。待つのは得意だもん」 彼はそう言って子供らしい無邪気な顔を見せた。 私は先ほど彼にも見せた料理を彼女が待つ席の前に置いた。 「きっとあなたの口に合うと思うわ。召し上がれ」 そう言うと、今度は鼻を料理に近づけくんくんと嗅いだ。 「におい、おいしそう…いただきます」 よっぽどおなかが空いていたのだろうか、むしゃむしゃと、皿までかじりつきそうな勢いで食べていった。 残り物だったとはいえ、この子にとっては明らかに多かった。それを短時間でぺろりと平らげたのだ。 これはまだ食べそうだ、そう思った私は冷蔵庫の中から作り置きしていた料理を手に取った。 とりあえず食べられそうなものをすべてテーブルに並べ、彼女のおなかが一杯になるのを待った。 そしてようやく動かす口が止まったころには、並んだ料理の半分は空になっていた。 「つかれた」 それもどうやら、咀嚼に疲れたという理由で止まったらしかった。 「…よく食べたわね」 傍から見てもわかるくらいに、おなかが膨らんでいる。これでもまだ物足りなそうだった。 ただ満足感は得られたのか、手を止めてすぐに船を漕ぎ出した。 「しあわせ」 そう呟いてすぐ、完全に目を閉じた。それを合図に、私は彼を呼ぶ。 「この子、たらふくおいしいもの食べて幸せそうだね。僕こういう子大好き」 足音を鳴らさずに私の隣まで来て、眠る彼女を間近で見る。 「…羨ましいな。おなかが空いたら周りが用意してくれて。食材が手に入りやすいから、善意を売るのにもちょうどいいしね。あ、お姉さんのことじゃなくてね。僕たちを嫌うやつらのこと。言ったでしょ?ほかの場所での扱い。せっかく手塩にかけて懐けた子を食べるなって、まるで化け物だ。なりたくてなったんじゃない、僕も…お母さんも。できる事ならこの子みたいにそっち側に行って、誰かが助けてくれて、そうやって僕たちにも追われることのない日々を送りたかった」 驚くくらい饒舌で、行き場のない言葉を目の前で吐き出した。彼は最初からその片鱗を見せていただろうか? 彼女は目を覚ました。目一杯広がる光景に、一瞬で怯えた様子を見せる。 「こわい、たすけて」 隣居る私を見つけそう言うと間もなく、ばたりと机に倒れ動かなくなった。 「ほら、みた?僕を知らないのに怖がった。この子の本能だよ」 仕留め終えた彼は私を見て笑う。 「…この子はどうやって食べる?あいにく、調理経験はないけど…」 「いいよいいよ!そこまでお姉さんにしてもらわなくても、このまま食べられるから。あぁそうだ、ここで食べても汚しちゃうし、持って帰ってもいい?」 「そう?私は気にしないけど…じゃあせめて外にあるカートを使って。それに乗せればあなたでも運べると思うわ」 「うん!あ、もう外暗いね」 「えぇ、そうね」 辺りはすっかり、夕暮れになっていた。
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