夢の捨て方

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「本当に効くのかな、これ」  就寝準備を済ませた京香はノートの切れ端を手に独り言ちる。切れ端に書かれた文字は一文字だけ。『獏(ばく)』だ。  女性から教えられたおまじないは単純なものだった。枕の下に『獏』と書いた紙を置いてそのまま眠るだけ。昔から利用される悪夢除けのおまじないなのだという。 『お腹が空かないのは、空腹が感じ取れないほど身体が疲れているからです。だからよく眠ることが一番です』  ひどく真剣な表情の女性に京香はうなずくことしかできず、その結果このおまじないを試すことを約束させられた。確かに最近は眠りが浅く、朝起きても疲れが残っていることが多かった。そんなわけで少しでもよく眠れるならと試すことにしたのだ。 「それにしてもよくわからない人だったな。……その人から勧められたおまじないをすることになった私が言えることじゃないか」  いま考えれば知らない人から教えられたおまじないなどあやしすぎる。普段なら絶対に断るか、途中で逃げ出すはずだ。それなのに試すという判断をしてしまったということは、自分が自覚している以上に疲れているということなのかもしれない。  紙を一瞥し、枕の下に置く。そのまま電気を消して布団を被った。瞼を閉じると身体が疲れを訴え、一気に重くなる。 『もう少しわかりやすく説明してほしいわ』 『申し訳ございません。今後気をつけます』  お客さんからのクレーム。 『打ち間違えがないのはいいけどもう少し早くできない?もう新人じゃないんだから』 『すみません』  先輩からの注意。  疲れているはずなのに、今日の失敗を責める声が耳の底から響いて瞼の裏で再現されて眠ることができない。それでもじっと目を閉じていると、別の声が聞こえた。 『あなたがよく眠れれば、私も得をするんです』  帰りに会った不思議な女性。彼女がおまじないを教えてくれた後に言った言葉だ。 ――そういえばどういうことなんだろう。  そんなことを考えたまま、京香は眠りへと落ちていった。
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